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パピヨンおじさん:Anizine(無料記事)

おじさんという、ほの暗い水の底に沈むコンテンツには辟易している。自分も40才を過ぎて中年にさしかかっているのだが、「おじさん」を自覚したときには心して選ぶべき、分かれ道という名の分岐点がある。川沿いリバーサイド方式を採用しながら。キッチリした「おじさん道」を堂々と歩む者もいれば、若作りにいそしみ「おじさん構文は嫌われる」などといった、くだらないネット記事を読んで若者の反応ばかり気にする者もいる。

しかし、しかしだ。

生物学的に言うと「おじさん」というのは蛾のようなものだから、今更幼虫にもサナギにも戻れない。気持ちの悪い鱗粉をまき散らかして嫌がられるのは逃れられない宿命なのだ。その断絶は不可逆だから、若い女性に「年の割に若く見えますね」なんて言われて「おお、そうか」なんつって財布を取り出しレストランの支払いをしたりエルメスのバッグを買ってあげても、乱射した感謝はその場限り。年齢という深くて暗い河は誰にも越えられない。

いや、年齢ではないのだ。

サナギの殻を破り「おじさん」という完全体に成長してしまったという無残な事実は、GUCCIで似合いもしない細身のスーツを買おうと、ポルシェのスパイダーを買おうと、サントロペに別荘を建てようと何も解決しない。むしろそれら不可逆性への抵抗は、地獄のように痛々しく受け取られていると思わなくてはいけない。かといって全身ユニクロのアウトフィットでキメた、休日の新橋烏森口のおじさんたちを見るのも脱力感と脱毛感が激しい。

「開き直る」この愚直の名を借りた防御の手法を、決して武器にしてはならないのだ。

ソーシャルメディアで若い女性の投稿に「可愛いね♡」と絵文字だらけで書き込むことに何の躊躇もなくなったら、心臓が動いているだけで死んでいると認定されても仕方がない。「?彼氏と旅行かな?」じゃねえよ。何で前後にクエスチョンマークがついてるんだ。お前はスペイン人か。ルックス最下位の我々おじさんにルックスを褒められても何の価値もないことをキラキラ女子は知っている。レストランで支払いさえしてもらえばそれでいいのだ。おじさんは有り余るお金を、男女問わず可能性に溢れた若者に提供することしか存在意義はないと思った方がいい。時間はあるがお金はないヤングに、人生を楽しむ遊園地の回数券を買ってあげるしかない。で、その遊園地には若者同士で行くんだけど、そこに自分が参加しようなどとは思うな。「金は出して、口と自分は出すな」これが年長者のあるべき姿だ。

さらにそこから導かれる結論は「貧乏くさいおじさん」など、心臓が動いているだけで死んでいるのと同じだと思っていい。これさっきも言ったか。でも何度でも言う。自分のような貧乏くさいユニクロ・フル・アウトフィットのおじさんが可能性に満ちた若者の日常に関われるなどと思うな。自分が20代の頃を思い出してみろ。40代、50代のU.F.O.(ユニクロ・フル・アウトフィッターズ)に、貧乏くさいメシに割り勘で付き合わせられながら、彼らの課長補佐という貧弱な経験から導き出されたろくでもない説教をされた経験を思い出せ。好かれる要素などどこにもないはずだ。

私はこどもの頃に親戚の家に泊まると、枕から物理的な手応えすら感じられる加齢臭にウンザリしたものだ。しかしあろうことか、今は自分のボディのあらゆる場所からその香りを放出していると気づいて天文学的に愕然としている。私はもう私は幼虫でもサナギでもないし、蝶でもない。蛾だ。

俺は蛾
鱗粉まき散らし
俺は蛾
光に集まり
それが性(さが)
問答無用の説教
食べるモノもブラウン
着るものもブラウン
俺はパピヨン
出世を諦め
炎に近づき 焼かれる

俺は蛾
フランス語でパピヨン
フランスはいい国だ
蝶も蛾もパピヨン

(※ 二回繰り返し)

とピッチピチの革ジャンを着てシャウトするしかない。それがおじさんだ。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。