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「0.5」と「806」:写真の部屋(無料記事)

写真だけにかかわらず、何かを作るときに「足していく」「引いていく」という方法がある。ゴージャスに装飾的にカラフルに、っていうのと、シンプルに整然とシックに、というふたつの方向。

俺はあまりゴテゴテと足していくのが好きじゃなく、人物写真の背景すらないことが多い。どちらも突き詰めようと両方やるのは至難の業だから、自分では好き嫌いを基準に、薄味の写真ばかりを撮っている。

「追加より欠落」が好みに合っているのだ。

元々「1」だったモノを「806」にすれば表現は際立つ。それがヤン・ソーデックや、シュワンクマイエルくらい濃ければ驚嘆するし、嫌いではない。でも「3」にするくらいだと、あざとさや自己顕示欲や「2」しか増えていないじゃん、という貧乏臭さの方が目立ってしまうので、拒絶反応がある。

俺は「0.8」くらいが好きだ。1からはいくらでも無限に増やせるけど、下へは「0.01」くらいまでと極端に範囲が狭いから目盛りが細かい。そこがお茶とか禅とか古田織部とかにつながってるんじゃないかと勝手に思っている。

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古田織部までも持ち出してからサンプル写真を見せるのは恥ずかしいんだけど、たとえば靴はふたつでワンセット。でも「0.5」にすると見たことがない状況になる。両足のかかとを踏んでいたら「0.85」くらいになるのかな。

完全である「1」を、いかに減らすか、減らしたことで「1」の時よりも何かが伝わっているかを考える。「1」は静的で落ち着きがあるけど物語がそこより先に進んで行かない。

長い時間見ていて飽きないとか、物語を想像したくなるというのがいい写真だと言われることがある。だからあまり写真が完結していてはいけないのだと思う。そのために「525」くらいまで情報量を足す人もいる。つまり、足すのと引くのは、同じことなのだ。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。