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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2020年10月の記事一覧

バーキンのバッグ:Anizine PDLB 博士の普通の愛情

ある時、エルメスの会長だったジャン=ルイ・デュマが、飛行機でジェーン・バーキンの隣に乗り合わせた。ジェーンが「生まれたばかりの子供がいる自分に合うバッグがない」と不満を伝えたことから作られたという「バーキン」。 俺はParisの「REX」でジェーンのライブがあったとき、パーティでちらっと話したことしかないけど、とてもチャーミングで素敵な人だった。10年くらい前には羽田空港で見かけたことがある。Parisから到着すると報道陣が待ち構えていたので誰かが来るのだろうと思ったら、デ

暗証番号:博士の普通の愛情

僕は本当に何もできないのだ。他の人がどれくらいできるかなんて知らない。でも自分ができないことだけはわかっている。特に事務手続き。 会社に入ってしばらくは実家から通勤していて何も不便はなかったのだが、「そろそろ一人暮らしでもしてみよう」と思う瞬間があった。若い男の子が地方から上京して東京に部屋を借りる、というテレビ番組をたまたま見たからだった。 彼は東京に就職が決まり、母親とふたりで物件を探していたが、案内をする不動産屋の青年の感じがとても悪かった。茶髪でルーズなスーツを着

横須賀の滋賀の子:博士の普通の愛情

高校生の頃、よく横須賀に遊びに行った。友人に教えてもらった、R&Bやソウル・ミュージックのレコードをかけるバーが目的地だった。 どの店にも常連のおじさんやお姉さんがいて、子供の僕を迎え入れてくれた。「今、かかっているのは誰ですか」と聞くと、レコードジャケットを指さして「ジェームズ・ブラウンだよ」とか「サム・クックだ」などと教えてくれた。僕がモータウンの音楽を知ったのもその場所だった。 当時はまだアメリカの兵隊が多く飲み歩いていた。外国に行ったことがなかった僕は片言の英語で

52年の本能:博士の普通の愛情

動物の本能に「土地の広さ」というのは、もちろんインプットされているはずだよね。これがどんな感覚なのかが結構気になる。 ペットという存在の是非については確固たる自分の答えを持たないんだけど、野生に近ければ近いほど動物の本能は色濃くあらわれるだろう。たとえば広大なアラスカやアフリカで暮らす生物を日本に持って来て動物園やサファリパークに置いた場合、檻や柵といった「本能では処理できない障害物」に直面することがストレスになるのは容易に想像がつく。 先進国では動物園が減少傾向にあり、

ロンドンの5日間:博士の普通の愛情

食事をしながら、友人とイギリスについての話をしていた。どこに行ったときは面白かったとか、あそこで食べた料理はまずかったなどという、よくある話だった。 ロンドンのビジネスセンターの名前が出たとき、僕は数十年前に淡い恋心を抱いた英国人女性のことを思い出し、それよりあとの友人の話は何も耳に入ってこなかった。 ロンドンでの仕事の打ち合わせで彼女に会った。僕が名刺を渡すと「この文字はどちらが上か下かわからない」と言ってクルクル回し、笑った。彼女の名刺には聞いたことがない苗字が書かれ

銀の指輪「9」:博士の普通の愛情

カナコさんからベースとレコードを受け取った数日後、僕はあのホテルのカフェでリリーと待ち合わせをしていた。 少し早めに着いたつもりだったのだが、リリーはすでにそこにいて、コーヒーは半分ほど減っていた。 「あのさ、きみはあれを読んだってことだよね」 「もちろん。片桐くんと関係があると思ったから送ったの」 いつの間にかリリーは僕を、片桐くんと呼んでいた。 あるとき、仕事で初対面の人と名刺を交換しながら、歳が同じですねと話したことがある。その島田さんという人とは何年か仕事を