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ジブリの烙印(東小金井村塾篇・その2~面接)


【ぼくがジブリに雇われるきっかけになった、ジブリ主宰の若手アニメ演出家養成塾『東小金井村塾』のことを書いていきます。】

【今回は『村塾』の面接です。高畑勲監督と鈴木敏夫プロデューサーの登場です。】

1~スタジオへの道のり

面接指定の日、ジブリのある東小金井駅を降りた。
ここにジブリがあるのかと意外なほど、鄙びた駅前だった。

面接案内に同封されていた地図に沿って、線路沿いを歩み進んでいくと、のどかな住宅地が続く。
その住宅も途切れると左手に畑地がひろがり、乾いた砂が風に運ばれてぼくの顔に吹きつけてきた。

行く手に送電所が見えてきて、道なりにゆるやかに左へ折れていく。
しばらく左手へ曲がって歩いていくと、続いていた畑地に接するように、ガラス張りの建物に花々が咲き誇っている花屋の豪勢な姿が現れた。

その花屋と小道をはさんだ隣が、テレビで何度か見たことのあるジブリのスタジオだった。
白壁がくすんでいて、ビルの表面全体を蔦がからんでいた。

ぼくは初めてスタジオの本物を見て、あったなあ、と思うばかりだった。
でも、インパクトからすると隣りの花屋にはかなわないなと思った。
ジブリのスタジオの外観は、いままでテレビで幾度となく観てきたが、隣りの花屋とのコントラストを活かして絵作りするカメラマンがいなかったのが不思議だった。
遊び心に乏しいカメラマンにしか巡り合えなかったこのスタジオの不運を思いながら、ぼくは玄関脇のチャイムを鳴らした。

インターフォンからぶっきらぼうな応答があったので、面接に来ましたと答えると、ガラス張りの玄関の向こうの部屋から短躯でがっしりとした、角刈りの男性が現れて、入り口のドアを開けてくれた。

ぼくが声を出そうとすると、短躯の男は、
「はいはい、わかってるから。この階段を二階まであがって野宮というひとに取り次いでもらいな」

ひどくそっけなく、なぜかイライラした口調で言うと、事務所らしい部屋にひっこんでいった。
初めての来訪者をこんな風に迎えるのがジブリ流なのかと思いつつ、右手に伸びている階段をのぼっていった。

短い階段は途中で180度に折れる形で踊り場があって、その踊り場から続く形で扉があり、「使用中」の札がかかっている。
そこは後に『東小金井村塾』が開かれる会議室だとぼくはのちに知る。

踊り場を回転して上へ向かっていくと、先程の男の素っ気ない扱いに、いつの間にか心細くなっていた。

ああ緊張しているんだなといまさら思う。
テレビの取材の様子を観たときは、どこか熱を帯びて見え《あのスタジオ》と《いまここ》とが、同じ空間かと疑いたくなるほど、いやにひっそりとしていた。
望まれざる客としてここに来ている心地になりながら階段を昇り切った。

二階のフロアは正面と左手にふたつ扉がつづいていた。
人気はない。
しんとしている。

正面へ続きガラス扉の向こうはパーティションで遮られていて人の姿は見えなかった。
一方の左手のドアの向こうには、机が並んでいて、ひとが背を向けて仕事している姿が見えた。
ぼくは左手に向かうことにした。

2~遭遇

「あのー」

ドアを細く開けて顔を出し、様子を窺うような物腰で、誰か気づいてくれないかと、心細げに声を出してみた。

こちらに背を向けていた若い女性社員がはっとして半身をこちらに向けて目を瞠っている。
なにさまですか?と問いたげな、不審者扱いの目つきだ。

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