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耳をこらすように眼をすませて 「リズと青い鳥」感想と解題その2

パンフレットの冒頭に

「リズと青い鳥」の感想と解題を書き記すに当たって、改めてパンフレットを読み返してみました。すると、見開きページ(1ページ目)に山田尚子監督のこのような言葉がありました。

ふたりの少女が、まるで踊っているような映画でありたいと思いました。

まばたいたり、呼吸したり、振り子のように揺れる髪の束だったり。
少女たちを形成しているものすべてが音楽になっていく。

その瞬間を記録するために、じっと息をひそめて彼女たちにこころを寄せ続けました。

「リズと青い鳥」パンフレットP.1

後出しのようになってしまい、また、言い訳がましくなってしまいますが、山田監督は「リズと青い鳥」という作品が一つの音楽のように、また一連の踊りのようにこの作品を作っていたようです。

私がこの映画を初めて見たとき、少しでもネタバレするのを嫌ってパンフレットを開かずにまっさらの状態で映画を観たと記憶しています。
それでも、主人公のひとりである鎧塚みぞれの登場から流れだす、音楽のようなアニメーションのようなフィルムとエンカウントしたとき、衝撃を受けるとともに果たし状を突きつけられた感じになったのは間違いありません。

一挙手一投足が音楽に


今でもこの映画を見返すたび、その感触を思い出します。ふり向く脚、翻るスカート、一挙手一投足が音楽に組み込まれ聞こえてくる……いや、音楽が彼女たちの一つ一つの仕草から生み出されるその快感は、散歩中に耳をすませて環境音の完全な調和に耳をすませるのと同じような新鮮な空気を私に感じさせてくれます。

この映画のサウンドトラックを手に入れるのが本当に待ち遠しかったです。発売と同時に超高音質なバージョンを手に入れて、最初の曲「wind,glass,bluebird」を聞いたときの感動もやはり忘れられません。

知らない誰かの足音には全く心を動かされずただ通り過ぎていくだけなのに、傘木希美の3拍子の足音が聞こえてくると同時に世界は鮮やかになり、色づき、生き生きとした音に包まれ、うきうきと映画が動き始めるこの冒頭の場面は、他の映画でもなかなか味わうことのできない傑作になっていると思います。

「互いに素」"disjoint"な足音

みぞれと希美は歩き出します。前を歩く希美を、みぞれが追いかけるように。しかしそれでも、みぞれと希美のふたりの足音はそろうことはありません。根本的なリズムがずれていることを感じさせます。

「wind, glass, bluebird」の曲の終わりに、映画の画面にはdisjointという単語が映し出されます。この単語は「関節をはずす」「支離滅裂になる」を意味する動詞であるとともに、数学用語として「互いに素の関係にある」という意味を持つ形容詞です。山田尚子監督はどの場面だったか、この「互いに素」であるということをこの映画の基礎として据えている、とおっしゃっていました。

互いに素である二つの数は、掛け合わせない限り互いの要素を共有することはありません。例えば10と9の組合せを考えます。10の約数は1,2,5,10であり、9の約数は1,3,9です。1はすべての自然数の約数ですからこれは性質としては除かれますので、10と9は互いに素です。掛け合わせれば90となり、そうしたときに初めて互いの数は互いの約数を共有できます。しかし、例えば足し算をすると19になってしまいます。19は素数であり、1とそれ自身以外の約数を持ちません。足し算では2つの数の持つ約数は無くなり、全く新しい性質を持った数が生まれるのです。

このたった一つの単語が今後のみぞれと希美の運命を暗示しているかのように、ふたりの言葉のやり取りはちぐはぐになっていくのです。

本日はここまでといたしましょう。

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