転院と主治医の交代

久しぶりに定期検査に行った。4か月ぶり。今回から、通院する病院が変わった。私に主治医は、私の命の恩人で未来をくれた澤村先生ではなくなった。

理由は、澤村先生が体調不良になってしまったから。正確に言えばもう復帰されているのだけど、私の主治医には戻らなかった。

病院から電話が来た時に嫌な予感がした。先生が入院して長期休養に入るので、次回の診察がいつできるか不透明になったとの話だった。代診の先生に1度見てもらった後に、澤村先生が決めた転院先の病院に行くことになった。2回目の手術をした病院。きれいで明るい病院だったけど、入院期間は一番短かったし壮絶だったからあまり覚えてない。それでも久々に足を踏み入れると見覚えのある景色だった。

先生が入院した時と、復帰してまた先生に診てもらえると思っていたらあなたはもう転院先で診てもらってくださいって言われた時の気持ちの荒れようはすごかった。久しぶりに声出して泣いたし、気持ちの整理に時間がかかった。携帯にその時の気持ちのメモがあるんだけど、もう読むだけでしんどかった。先生の入院を知った時には何でもいいからとにかく元気になって先生幸せでいてって何度も祈って。転院を知らされたときにはもう先生に会えないことへの絶望と悲しみとさみしさと、少しだけどうして?っていう気持ちと、またいつか会えるよねと捨てられない希望と、ぐちゃぐちゃだった。

でも本当はわかってた。説明されたわけじゃないけど、この先10年単位で経過を診ていく必要があるから、転院させたこと。先生自身が入院して、いつまでこれまでと同じようにみられるかわからないと感じたであろうこと。また同じように体調を崩してしまうかもしれないこと。そしたらまた患者を待たせたり心配させてしまうこと。だから、長期で今後も診ていく必要がある患者を自分の手から離したんだ。そんなこと、何となくわかるし、納得もできる。

でもさみしかった。今でもさみしい。通院の時期が近づくと澤村先生に会いに行く夢を何度か見た。もう違う病院て言われたのに診察してもらう夢。夢の中で私は、澤村先生に忘れられてしまっていた。私は何も言えなかった。

先生の、転院という決断は理解できるけど、やっぱり私の中では先生に見放されてしまった、という気持ちがあったんだろうなぁ。先生は今もほかの患者さんは診ているし。先生が何よりも患者さんのこと大切にしてくれているなんて、私が一番知ってる。だから、私のために転院させたのだってわかる。

でも先生のこと大好きで、なんでもいいから先生に会いたい。検査よりなにより、それが一番安心できた。先生が言うなら絶対大丈夫だって、本気で思える。私にとって先生がいてくれることが先生に会って大丈夫と言ってもらうことが、何よりの私にとっての大丈夫の理由だった。

だから、気持ちの整理なんてまだついてないけど、きっと私はずっとさみしいけど、先生が勧めてくれた今の病院も、転院先の新しい主治医の先生のことも信じる。これからも先生がくれた時間を大切に生きる。

先生、どうかお身体お大事に。幸せでいてください。

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