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慈雨に捧ぐ

パンからこぼれる赤いジャム
易々と切り落とされた白い爪
眼に入ったはずの睫毛は
涙のなかにも見つけられなかった
祈り子は幼き日のまま
祈っているのだろうか

銀河から星が降るように
手のひらに何かを受け止め給う
それと引き換えに手を伸ばしても
届かなくなるものができて
それを見送ることすら
忘れてしまう

混ざりけのない休日
掻きむしられた右腕の赤みに
加害者だった左手をあてる
混ざりけのない笑い顔の
滲ませかたを忘れてしまった
それがいつまでできていたのかも
忘れてしまった

パンにジャムを塗ることが減り
爪は伸び切る前に手入れをするようになった
その代わりに涙を流すことは増えて
けれど感情をそこに滲ませることは減って
相変わらずいくらあっかんべえをしても
眼に入ったはずの睫毛のぜんぶが
見つかるわけではなかった

不得手が減って器用そうに見えて
苦手なことは増えて
やり込めた自分の内側はきっと
どこかの銀河にでもつながっているかも
しれなかったけれど
祈り子は幼き頃と同じようには
笑ってくれないのだと思った

飾り気のないテーブル
夜の雨雫は無数に落ちるのを
届かないと分かっていながら
手を伸ばしながら凝視する

霞んだ眼に雨雫が無数に落ちて
そこには銀河があるのに違いないと
思ったんだ

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