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ファミレスの裏側①夜勤明けの社員の驚きの行動

昨日、昔のアルバイトのことを書いたら、急にとんでもないことを思い出したので書きたいと思う。

私は24時間営業のファミレスで、モーニングタイムのみウェイトレスとして働いていた。

出勤時間は朝の5時で、夜勤明けの社員やアルバイトと交代する時間でもある。深夜のファミレスの仕事は、オールで飲みに来るお客様の対応や、清掃、明日の準備などである。しかし本来人間が寝る時間に働いていると、だんだん変なテンションになっていくようだ。少なくとも私が働いていたファミレスの深夜ワーカーはそうだった。

深夜2時以降は下ネタしか言わなくなる大学生。時々理由も言わずに泣き出す夢追い芸術家。シングルマザーで小学生2人を育てているが恋も楽しんでいる美女。一言で言うと、キャラが濃い人が多い。

ある暑い夏の日、私はいつものように早朝に出勤し更衣室でユニフォームに着替えた。それから休憩室にあるロッカーに荷物を置きに行く。そこでは夜勤明けの社員が一人、だらけた格好でコーヒーを飲んでいた。
「あぁ~あねごん~、疲れたよぉ・・・」
なぜか上目遣いで甘えたようにそう言ったのは、新卒で入社して4年目の佐藤孝雄。入社4年目だけど私が働く店舗に移動してきたのは1年前だった。私はアルバイトとして働いているので、社員の佐藤孝雄はもちろん私の上司ということになる。仕事はできる人だった。なんというか瞬時の判断が的確で、レストランによくあるお客様からの思いがけないクレームや料理提供の遅れや料理のミス提供時の判断力が素晴らしかった。みんなをまとめて冷静に現状回復を図る手腕は社員の中でも群を抜いていた。

バイトのミスで、責任者の自分がひたすらお客様に謝罪しなければならなくても、後で不機嫌になったりミスしたバイトに嫌味を言ったりもしない。客数に対してスタッフが明らかに足りず、ホールもキッチンも完全に回らなくなった時の指示の的確さ、陣頭指揮の取り方は武将かと思うほど鮮やかだった。

私はディナータイムの人員が足りない繁忙期にはよく駆り出されたのだが、その時間に働く高校生のアルバイトたちの佐藤孝雄に対する羨望と信頼のまなざしは、まるで恋でもしているのかと思うほどだった。高校生たちは彼を「孝雄さん」と呼んでいて、彼もまんざらでもなさそうだった。

さらに彼は私生活も充実していた。私のように「ファミレスの社員とは何があっても絶対に結婚しない方が良い」と悟る前に射止められてしまった奥様がいて、1歳の男の子のパパでもあった。

そんな私生活も充実していてディナータイムには武将かと思われる手腕を発揮してオトコを見せる佐藤孝雄。しかし深夜にはそんな彼をも甘えたへなちょこ男に変えさせる魔力があった。

「ねえ、疲れたよぉ・・・」
先ほどと同じセリフを、もう一度泣きそうな声で佐藤孝雄は言った。最初に疲れを訴えた時の私の返事に満足できなかったらしい。
「忙しかったんですか?お疲れさまでした」
私はさっきと同じ返事をした。

「ねえ、あねごんっていつも冷たいよねぇ・・・なんで?」
はぁ。恋人か!あのディナータイムの武将はどこへ。
でも当時すでに4年その店で働いている私は知っていた。とにかく深夜は人をへにゃへにゃにさせる。たとえ武将社員でも、普段イキッてる新人社員でも、偉そうにしたいお年頃の社員でも、朝4時間しか来ない22歳の女アルバイト店員に愚痴を言いたくなるくらいにはへにゃへにゃになる。

でもここで変に近しくなってはいけないのだ。一線を引かないと私まで深夜という魔力に引きずり込まれてしまいそうだ。なんとなく経験でそう思っていた私は、深夜明けのスタッフとはあえてビジネスライクに接することにしていた。そのため「冷たい」と言われても態度を変えず、彼に背を向けて自分のネームプレートをユニフォームに付け始めた。

その時、何かが背中に覆いかぶさるのを感じた。
佐藤孝雄の手が私のウエストに回されて首筋にコーヒーの香りがまとわりついた。

<続く>

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