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映画「ある男」

これは極上のミステリーです。
ミステリーだからこそ、ネタバレを避けるため、詳細は書けません。

えっ、映画の鑑賞記録なのに?
はい、すみません。

かわりに、とても印象に残ったセリフについて書きます。

中学生の息子が、まるで独り言のように母親に心情を吐露した言葉です。

「お父さんが死んだことは、もう悲しくはないんだ」
「でも、なんか、寂しい」
「寂しいね」
「寂しいよ」

辞書で調べると、悲しいと寂しいの意味は、概ねこのように書かれています。

悲しい:心が痛んで泣けてくること。嘆いても嘆ききれない
    気持ち。英語ではsad
寂しい:親しい人がいなくなって、心が満たされないこと。  
    心細いこと。英語ではlonely

この寂しさこそが、亡くなった人の存在そのものではないでしょうか。

人が亡くなった悲しさは、時間の経過とともに薄れていきます。
でも、寂しさはそれとは反対に、どんどん増していくような感覚があります。

悲しいけど寂しくはない。
悲しくはないけど寂しい。

おそらく、後者の方が亡き人に対する思いは強いのだと思います。

結婚して子どもまで為した相手が、死亡後に別人というか、誰であるかすらわからないことが発覚するところから、この物語は始まります。

人が存在するというのはどういうことなのか。

名前や出自や経歴はほんとうにその人を表しているのか。

今、知っていると思っている相手を、あなたは本当に知っていると言えるのか。

いえ、人のことばかりではありません。

あなた自身はいったいどういう人ですか。

名前や出自や経歴をはずした素のあなたはだれですか。

繰り返しますが、これは極上のミステリーです。
最初から最後まで、人探しをしている映画です。
そして、最後の最後で、弁護士が発するセリフにとてももや〜っとします。

そのもやっと感こそが、存在というものの曖昧さやはかなさを象徴しています。

それを体感するためには、もう観ていただくしかありません。


人探しはやがて、映画を観ている自分をも飲み込んでいきます。


あなたは、だれですか?

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