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短編「世界が平和でありますように」

 目の前に、見慣れないパジャマを着た見慣れない女の子がわたしに背を向けて横たわっている。薄いグレーのTシャツの背に、Bryn Mawr の文字とフクロウのイラストが書かれているのを見て思い出す。姪が泊まりに来ているんだった。もう十五年近く前、アメリカのブリンマー大学に留学していた姉がお土産に買ってくれたTシャツを、今日泊まりに来たその娘に何とはなしに着させたのだ。パジャマに使って、と。
「ね、起きてる?」
 時間を確かめようとスマートフォンを手に取ったとき、姪が体をこちらに向け、ささやくように言う。
「眠れないの?」
「ねえ、あきちゃん。わたし、早く大人になりたい」
 わたしの質問には答えずに、今年で十歳になる姪が言う。
「大人かあ」
「最近、戦争のこととか、授業でやったの。平和学習で、『はだしのゲン』っていうアニメをみんなで見て」
「私も小三くらいのときに見せられた覚えあるよ」
「みんな一度は見るのかなあ。でも、それがすごく怖くて」
「うん、わたしもしばらく眠れなかった」
 わたしのかわいい姪は、だから眠れなかったのかなと勝手に推測する。
「時々考えちゃうんだよね。今、おいしいご飯食べてる間にも、世界のどこかでは戦争とかで人が死んでるんだと思って、それで、もしわたしとか、家族とか、あきちゃんとかが、戦争で死ぬことになったらどうしようって」
 わたしも子どもの頃、そうやって考えていたことがあるような気がする。楽しかった家族旅行の帰り道なんかに、だんだん空が暗くなっていって、そうするとやけに、恐ろしい想像が胸の中で膨らんでいって、最後にはみんな死ぬから一人でこっそり泣くのだ。
「それでね」
「うん」
「早く大人になれば、戦争のこととか怖がらずに済むかなあと思って」
「そっかあ。でも、考えちゃうよ、戦争のこと」
「ほんと?大人はみんな、戦争のことなんて考えてなさそう。仕事のことと、お金のことだけ考えてそう」
「やだ、鋭いな」
「それかね、早く大人になって、戦争を阻止したい」
 阻止なんて言葉よく知ってるねとか、わたしもできることなら阻止したいなとか、くだらない返ししか思いつかなくて黙り込んでしまう。「大人ってねえ、何にもできなくて、ただ目の前のことしか考えられなくて、人が傷つけられてても平気で、毎日毎日くだらないことしかできない人たちのことだよ」なんて言う大人に、わたしもなってたまるか、と思う。
「うん」
 「成人している」という意味で、わたしはもう大人だけれど、戦争を止める力もなければ、戦争を止める方法さえもろくに知らないんだなと思う。
「明日、お母さんが迎えに来るまでにいろいろ調べてみようか。たぶん、十歳でもできることがたくさんあると思うよ」
「ほんと?」
「うん。わたしも、かわいい姪っ子たちに平和な世界を残すために行動しないとね」
 「かわいい姪っ子」のところでくすぐったそうに笑う姪が愛しい。

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