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短編「『恋人の服がダサい』問題について」

「あのねえ、純ちゃん」と彼女は言う。今日は久しぶりのデートだというのに声色から不機嫌さがにじみ出ていて、また何かやらかしてしまったかなと思う。綺麗に化粧をして、綺麗な服を着た彼女は、平日はあまりつけないアクセサリーをキラキラとさせて美しいのに、その光に反射した彼女の怒りがこちらに刺さってくるみたいに思える。
「えっと、なんかした?この服じゃやばいかな?」
 いつも服がダサいと言われるから、たぶんそのことだろうと思って口に出したら、眉間にしわを寄せたまま彼女が頷く。
「や、でも今日は、この間買ってもらった黒のズボン履いてるよ?上の服はたしかにちょっと古いけど……」
 無駄だとわかっていてもつい抵抗してしまう。
「あのね。ダサいっていうか、なんかこう、その気持ちが気に入らないの。彼女とのせっかくのデートなのに、別に着飾ってないというか。わたしは、久しぶりのデートだし、純ちゃんの横を歩くんだからおめかししよってやってるのにさ、なんで、何も気つかってませんみたいな服着るの?ってか、着れちゃうの?」
 と、そこまで一息に言って黙り込む彼女の目元が少しだけ赤いのに気がつき、そんなにも嫌な思いをさせていたのかと動揺してしまう。
「ご、ごめんね。そんなつもりはなかったというか、その、これまで服に無頓着だったからあんまりそういうのわかんなくて……。でも、今日の服、そんなに悪いかな……。いや、でもとにかく嫌な思いさせてたのはわかった、けど、今後も同じ思いをさせてしまう可能性しかない……。今日は、どれ着たらいい?今度からデートのときは、お気に入りの恰好を指定してもらえるとすごく助かる……」
 申し訳なさからなのか、ダサいと言われて多少傷ついたからなのか、いつもより口数が多くなるが、一拍置いて彼女もまた口を開く。
「いや、でも、本当はわたしこそごめんね……。その、なんでもないときはどんな服着てもいいし……。もけもけに毛玉だらけの服でも薄々で破れそうな服でも、純ちゃんが着てれば全部かわいいし……」
 余計に難しい、と思う。
「服装にこだわってるとか、ダサい純ちゃんがいやというよりは、大好きなわたしとのデートなのにやる気が見えないっていうのがなんか、悲しかっただけで……。ダサいなんて言うのはすごく失礼だっていうのもわかってるんだけど……。だから、ごめんね」
 デート時の服装はもはやただの服ではなく、彼女を、あるいは彼女との時間をどのくらい大切にしているかの指標だったなんて、義務教育とかで教えておいてほしい。そんなことを思いながら彼女が選んだ服に袖を通し、鏡の前に二人並んで立つと、たしかにそこには一つの完璧なカップルが(あくまで主観だが)いて、最高の一日を過ごすんだという決意のようなオーラが漂っていてなんだか誇らしい。
「ね?」
 鏡越しに明るい顔でこちらを見る彼女のアクセサリーたちはもう怒りを湛えておらず、彼女と同じように、ただただ美しく輝いているのだった。

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