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38. 桜日記)戦争の哀しみをもちながら今年の桜を仰ぐとき
2022.04.06(水)晴
夕方五時半。阪神間の桜を見るため、友と待ち合わせをした。ここは香櫨園浜から夙川、苦楽園、甲陽園まで続く松と桜の並木道になる。ちょうど満開。夙川の水音を聞きながら、花びらがはらはらと飛び、まわるっていくさまをみるのが、愛おしい。一年でいちばん美しい時だ。目に淡い色を感じながら、友の話に感情移入していく。
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川沿いを山手に向かって歩く。店の名前は「KOTTABS」(コッタボス)。メキシコ料理とナチュラルワインを看板にする店を予約したのだった。一枚板のカウンターの前に座ると、入口から風が入る。桜の景色が眼の端にとらえられるのが、最高に気持ちいい。
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前菜には「ルーム貝のヨーグルトマリネ」、「フレンチフライ」を。シトラスフルーツを思わせる白ワインはキリッと冷えており、ヨーグルトソースがかかったルーム貝によくあう。さすが南米メキシカンのフライド!スパイスが利いている。親指と人差し指を伸ばして、いくらでも摘まめてしまう。後半は、白いヨーグルトのソースをつけてパクリとやる。
「ポッレジャイアントコーンと豚足スープ」は、赤ワインとともに。ミシュランのシェフもわざわざ食べにくる自慢のスープだとか。においも臭みもなく、それでいて食べ応えのある不思議なスープ。豚足をとろとろに煮て、野菜を加えたもので、コーンの香りがやさしい。「ケサディジャトラティジャ、チーズとアボガドのソース」。ジャガイモ風味のオムレツである。これまた、ワインが進む。いつのまにか満席になっていた。ふらりと気軽に立ち寄り、おしゃべりをして退散。こんな店が近所にあればいいなあと思う。
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店を出たら、真っ暗だった。苦楽園から夙川まで、松並木の川沿いを南に下っていく。苦楽園口あたりはライトアップをしていて、桜が迫ってくるようにみえる。松と松の間から三日月が、のぞいていた。
中間地点にさしかかると街灯はなかった。(不思議なことだが)暗いほうが、松や桜の精気がみなぎって、エネルギーが強いのである。人間や人工的なものを闇が覆い隠すので、自然の造型を際立たせているのだろう。月明かりにむかって、動いていく、そんな風だった。狂気をはらんでいる気がした。月と老松。月と桜に眼をとられていたわたしは、足元の細いロープが一切見えていなかった。ハッとした途端、見事にすっころだ。首から下げていたミラーレスのデジカメを力いっぱい放り投げて、ものの見事に。すってん!と転んだ。川面が飛び込んできて、土の匂いがした。
ほろ酔いのせいか、ちっとも痛みを感じない。むしろ、おもしろくて、けらけら、笑っている自分が怖かった。なんだか幸せすぎて罰があたったのだ、と思うとまた笑えてくるのだった。今、こういう時間が刹那に思える。2022年の4月だ。
夙川駅のホームを通り過ぎて、上機嫌で、「喜味蛸」の暖簾をくぐった。五目味と卵焼きを半々に。ここは普段どおり、おいしかった。ネギ入りの鰹だしがほっとした。
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2022.04.09(土)晴
友から誘われて、芦屋川で花見&ピクニック。阪急電車がみえるところのせせらぎにシートを敷いて、彼女が手作りしてくれたお弁当を広げる。家族以外が握るお握りを食べるのは、初めてかもしれない。わたしは、ポテトサラダ(京都の料理家、首籐夏世さんのレシピ)を担当。武夷山の岩茶(鉄羅漢)をポットにいれて。北海道のコパンのチーズ&オリーブオイル。デザートに宝塚牛乳のプリン。宝塚牧場「ざらめヨーグルト」は家で、娘ちゃんと食べね、とおしつけた。
わーーい! お弁当! 大原千鶴子さんの行楽弁当を模したらしい。紫のゆかりのおにぎりの上に、桜の塩漬けがちょこんと乗っていた。野草の天ぷらが、特に気に入った。聞くと「昨日、夙川でクレソンと、よもぎを摘んできたものを揚げた」という。
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芦屋川で水遊びをしている家族連れや、お弁当をひろげながらくっついて食べているカップルを眺めていると、日本の春は平和だなと思えてきて嬉しい。あ、あれは! お揃いのベストを着ていちゃついているカップルではないか。彼女は、荒川洋治の「アベック」という詩が大好きらしい。そんなことを思い出し、眼前のアベックをちらちら覗き見しながら、少々、混みいった話に耳を傾ける。この人も小説を書いている人だから、語られようとすることが面白い。風がふくと、花が煽られて流れる。
アベックは、海辺の松林のなかで部分を出しハンカチをまるめて、
こそこそ顔を見せずに横歩き 人目につくと隠れてしまう。
「つまり(お茶を飲む)アベックというのは
カップルとはちがって自分たちのしている男女行為や下界もまた
ことばにはしない、という約束で生きている人でしたね、たしか」
それが、このあたりから、カップルになっていく。
「ずいぶんな変化でした」(と、息をのむ。わたしも)
陰寒な真実を離れた。ばかな。
写真で詩を書くので、どの詩がいいかは、ジャンケンで決める時代だった。
(省略)
阪急芦屋川まで下り、ティーハウス「ムジカ」で紅茶を買った。ヌワラエリアと、ダージリンファーストフラッシュ(新葉)。あと朝に飲む、デラックスディンブラである。
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帰り際に JR芦屋川の「芦屋珈琲舎」へ。「お好きなカップをどうぞ」。
わたしは、緑色のヘレンドを。彼女は、ヘレンドのシノワズリを選んだ。
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クラシックが低く流れる、大人が珈琲を愉しむための店。雰囲気の店。誰かが奥で図面のようなものを開いて、打ち合わせをしていた。柱時計や、絵画、カップなど、どれも気になる。ほんものだからだ。芦屋の街にぴったりの、いわゆる珈琲屋だ。
2022.04.10(日)晴
水仙が土手いっぱいに咲いている。桃を植えた畑が、奥には新芽が萌える鶯色の山並み。飄々と、絢爛に、滝のように花が流れている。樹齢400年の又兵衛桜だ。薄いはかない花びらで、浮世絵ように咲いていた。なぜだろう宇野千代さんを思い出した。「薄墨の桜」という短編があった。強い蜜のような空気が、あたりの空気を酔わす。
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黒川本家の𠮷野葛を買うために、大宇陀の本店へ。(もう取材してから20年になるのか)。𠮷野本葛と本葛ぜんざいを買った。
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家人がデザインチーフとして携わってオープンしばかりの文化施設「奈良歴史文化村」へ。施設を出ると、ものすごい大きな夕焼けがいま、落ちようとしていた。火のような色だった。魂が口から飛び出てきたような迫力もあった。わたしが感動しているのが面白かったようで、家人が「淡水」という店で、「うなぎ蒲焼き」をごちそうしてくれた。梅乃宿酒造の日本酒を1本、しっぽりといただいた。
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