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■宇宙と顕微観察技術について ~IDDKの池田さんに話を聞いてみた~

 アンカー神戸のコーヒーブレイクに「出張先のお土産です」と、皆さんにアメリカのお菓子などを配ってくれる株式会社IDDK(※)の最高科学責任者・池田わたるさん。同社が作っているUSBメモリーサイズの“レンズが無い顕微鏡”を見せてもらったことはあるのですが、この技術が何に使われるのか、よくわからないままでした。昨年末、同社は2億4千万円の資金調達に成功し宇宙バイオ実験事業を加速させる、と発表。顕微観察技術って、宇宙で使う道具だったのでしょうか!? “レンズが無い顕微鏡”と宇宙の関係について、素人の私にも分かるように、正確性より分かりやすさを優先していただいて、ざっくりお聞きました。        (マネジャー 西)       

(※)IDDK=レンズを使わない独自の顕微観察技術を持つ。世界で唯一の技術を武器に、宇宙バイオ実験のプラットフォーム企業を目指している。

USBメモリーサイズのレンズの無い顕微鏡「AminoME PRO」(写真はいずれもIDDK池田氏提供)

■ 顕微観察技術とは ■

━ IDDKはレンズの無い独自の顕微観察技術をお持ちですが、顕微観察装置について、簡単に紹介していただけますか?

 僕らはレンズの入らない顕微鏡を作っているんですが、この半導体チップ自体が本体なんです(と言ってチップの写真を指差す)。大きさは7ミリ×6ミリで観察できる部分は4.7ミリ×3.2ミリ(小さい!)。これが目になっています。メッシュ状に並んだ微細なイメージセンサーで、直接観たいものを画像データとして取り込むことができます。僕らは「マイクロ・イメージング・デバイス(MID)」と呼んでいます。


MIDチップ

━ このチップがカメラになるんですか?

 このチップが動くために必要ないろんな機能を基板に乗せて、カメラとして働くようにしたのが「ラズパイ駆動型MIDボード」(※)です。名刺の半分ぐらいの大きさ(65ミリ×30ミリ)なんですよ。電源は必要ですが、Wi-Fiで遠隔操作も可能です。これだけで「パソコン付き顕微鏡」みたいなもの。普通、顕微鏡は犬や猫ぐらいの大きにはなるから、名刺半分の大きさに収まってしまうところがポイントです。重さも数十グラムになるんで、顕微鏡の100分の一ぐらいになっていると思いますよ。

(※)ラズパイ=ラズベリーパイ。小型のコンピュータのこと。

ラズパイ駆動型MIDボード

━ コンパクトですね

 超コンパクトなPC制御が出来る環境自体、ポイントですが、それだけではないんです。実験に必要な、例えばここに生物のサンプルを置くとして、栄養を供給したり、適正な温度を保つ必要があったりしますね。そういうのを実現するために、環境センサーでモニタリングしながら、温度を制御したり、栄養を供給したりするパーツも用意しています。パズルの組み合わせじゃないんですけど、こんな実験をやりたい、という人がいたら、じゃ、これとこれを使って出来ますよ、と実験に必要なパーツを提供します。細菌 、原生生物、動物の細胞、植物の細胞、小型の生物など、いろんなものに対応するオプションの開発を進めているところです。

━ そうしたオプションを付けての装置ですが、全部ひっくるめて、どれくらいのサイズになりますか?

 だいたい、1ユニットで10センチ立方です。ただ、生物の種類によっては扱いが難しいものがいっぱいあります。例えば哺乳類の細胞は弱くメンテナンスが凄いシビアで、対応するにはもう少し研究しなくてはいけないですね。

バイオ実験モジュールのイメージ。手のひらに乗る大きさだ

━ 普通の顕微鏡と比べると小さく軽い、ということと、様々なパーツを付けていろいろな実験に使えるということが分かりました。ただ、それと宇宙とどう結びつくんですか?

 もともとIDDKは、「いつでも・どこでも・誰でも・顕微観察(I・D・D・K)」を社名に掲げているように、僕らはこの技術を普及させて、世の中の顕微鏡を全部置き換えるぐらいのことをやっていこうと思っていますが、特徴の一つは、機器全体が電子デバイスですので、自動化に向いている、ということです。

━ 自動化に向いているから「宇宙」?

 例えば、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士に実験をやってもらおうとすると、1時間550万円ぐらいかかるんです。それも、今までやったことのある、いわゆる普通のルーティンワークの作業としてです。新しい作業をしてもらうとなると、さらに膨大な費用がかかります。宇宙では地上で出来ない色々な実験ができますが、全部、宇宙飛行士にやってもらうのはコストの面からも難しいですよね。自動ブログラムで動くように作っておけば、コスト削減になります。顕微観察技術は医療やバイオ、水中などさまざまな分野で役立ちますが、先ほどお話ししたように、人を使うと莫大なコストがかかる宇宙では、自動化に向いている私たちの技術が役立つと思いますよ。しかも、自動化できるということは無人の人工衛星で実験できるようになるんです。

■ 宇宙実験の現状と未来 ■

 いま実験ができる宇宙ステーションは、日本が参画している国際宇宙ステーション(ISS)と中国が独自に建設した「天宮」しかありません。そんな状態ですが、宇宙旅行を募ったり、アルテミス計画(※)だったり2040年には1000人が月面で暮らすにはどうしたらいいかみたいな議論が盛んにされていますが、それを支える研究の量、実験の量が追いついていません。

(※)アルテミス計画=アポロ計画に続く有人月探査計画。米国主導で日本や欧州などが参加。月を周回する宇宙基地「ゲートウエー」を建設し、月面に物資を運んで滞在拠点などを展開し、人類の月での持続的な活動を目指す。アルテミスはギリシャ神話に登場する月の女神。

 私たちの地球上の豊かな生活って、それを実現するために過去から膨大な研究開発が行われ、さまざまな技術で支えられていますね。一方で、宇宙はどうでしょうか。もうすぐ宇宙空間で普通の人が行き来したり、生活する時代が来ます、というのに、それを支える研究や技術が、全然追いついていない状況なんです。

■ さまざまなレベルの実験 ■

 今まで宇宙って極限環境だったので、訓練した人、専門の宇宙飛行士が行くチャレンジングな環境でしたが、これからは民間人旅行者だったり、一般の研究者が普通に行く場所になります。普通の人たちの生活圏の拡大になるんです。でも、宇宙には地上の300倍ぐらいの宇宙放射線があったりしますね。宇宙での長期滞在が人体に与える影響といった研究はもちろんですが、それだけでは不十分です。宇宙空間での「QOL(Quality of Life、生活の質)」を向上させるためには、さまざまな研究が必要となります。重要性が高いものばかりでなく、例えば普段、私たちが地上で使っているものが宇宙空間でちゃんと使えるかなど、ささやかな研究も必要です。そんな研究はほとんどやっていません。そんな小さな事を確認するために、宇宙ステーションで膨大なお金をかけてやりませんね。

 私たちの顕微観察技術はフルオートメーションです。人の手を介さないから比較的シンプルなことしか出来ませんが、だけどそのシンプルなことでも証明しなくてはいけない事が山のようにあります。私たちは、宇宙での実験の裾野を広げるために貢献したいと思っています。

池田わたるさん。愛用のパソコンには宇宙関連のシールが貼られている=アンカー神戸

■ ポストISSの時代に貢献 ■

 2030年にはISSが退役します。ISSの後継としてNASAが主導で民間の宇宙ステーションが建造される計画がありますが、宇宙ステーションではなく人工衛星で実験環境を提供しようとする動きも国内外で活発になっています。私たちはこのような人工衛星開発企業とタッグを組んで、ポストISS実験プラットフォームの一翼を担おうと考えているわけです。近年、年間2000機もの人工衛星打ち上げられていますが、近い将来その一部の人工衛星でさまざまな実験が行われる時代が来ます。大きくて億単位の費用がかかる顕微鏡を1台、宇宙ステーションに持っていくより、手の平サイズでコストの安い私たちの「MID」を数十台も持っていくほうがいいでしょう。いま、世界各地から問い合わせがあるんです。

━ ちょっと戻りますが、宇宙にわざわざ行ってまでしなきゃいけない実験ってどんな実験なんですか?

 いろいろありますが、まず宇宙でしか成立しない現象っていうのがあるんです。例えば、微小重力だと「対流」が起こりません。対流が起こらないという環境を利用して、病気の原因になっているタンパク質の構造を解析して、それをターゲットにした薬を開発するなど、スペースシャトルの時代からよくやっています。最近では再生医療のタネになるオルガノイド(※) の研究で、地上では作りにくい骨、軟骨などを作ることに成功した例もあります。つまり、微小重力でしか成立しない実験にチャレンジするというのが一つです。

(※)オルガノイド=試験管の中で幹細胞などから作られるミニチュアの臓器の一種。幹細胞のもつ自己複製能と分化能を利用して自己組織化させることで3次元的な組織様構造として形成される

 もう一つは、地上のためではなく宇宙で生きるための実験です。「宇宙生物学」とか「宇宙医学」となるでしょうか。先ほど人類が宇宙に行ったときにどうやって支えるかという話をしましたが、宇宙で生活するために重要な食料を宇宙でいかに作るか、とか、宇宙活動が増えると体にどんな変化がおきるか、人体を使わずに細胞レベルで解析するとか、そういうところで、私たちの技術が役立ちますね。

━ 昨年12月に、2億4千万円の資金調達に成功と発表したとプレスリリースを出されていましたが、その中に「宇宙バイオ実験のプラットフォームになる」「宇宙バイオ実験の民営化」など、たいへん大きな目標を掲げられていますね。 

 ちょっと蛇足的になりますが、アカデミアを中心に宇宙でのバイオ実験の活性化を図るため、関西の産官学の集まりである「バイオコミュニティ関西」(※)に昨年夏、「宇宙バイオ実験分科会」(※)というのを立ち上げたんです。そこでは、人工衛星を利用したバイオ実験の技術的課題を、いろんな研究者、技術者で話し合うとともに、国などにも支援を働きかけていきます。いま力を入れないと世界にどんどん遅れてしまいますよと。

(※)バイオコミュニティ関西=内閣府がバイオ戦略で認定した、国内外の課題を解決する最先端のバイオエコノミー社会の実現に貢献するために関西の大学、研究機関、医薬品業界などで立ち上げたネットワーク。

(※)宇宙バイオ実験分科会=人工衛星ペイロードを利⽤した日本発民間主導宇宙バイオ実験プラットフォームの構築を目指し、昨年7月に発足。リーダー機関は、株式会社IDDKで代表者は同社の上野宗⼀朗氏、リーダーに池田わたる氏が務める。

 これから、やらなくてはいけないことがたくさんあります。でも私たちの活動はほとんど知られていません(笑)。だから、宇宙についてこんなビジネスがあるということ、MIDという顕微観察技術があること、IDDKの名前を知ってもらうこと、今年はこの3つの活動にしっかり取り組んでいきたいと思います。  

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「六甲縦走キャノンボールラン」に出場した際の池田さん。神戸市須磨区~宝塚市を走る同ランのルールには「自己責任のうえ参加し、事前にリスクを回避する能力があること。怪我や事故等が発生しても自ら対処してください」「誘導係はおりません」など過酷なレースである事が分かる。


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