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わたしの「道のり」

まだ自己紹介をしていなかったので
少し長くなりますが、書いてみようと思います。

興味のある方は、読んでみてください。

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広島県の、とある病院で
一人娘として生を受けます。

父は、自営で船の仕事。母は、実家の手伝い。


釣りが大好きな両親の間に生まれた私は
物心が着く前から、船乗りでした。


幼い頃の記憶といえば…


夜な夜な、アナゴを釣りに出掛けたり

桟橋に灯りをつけ、投網でイカを捕ったり

母が作ってくれた、おにぎりとカップラーメンを持ち
早朝から、遠くの海へ釣りに出掛けたり。


よく母から「あんたは船の上で育った」と
言われてたのを、思い出します。



そして、走るのが好きだったということもあり
中学では、陸上部へ入部後、短距離選手へ。

この陸上部への入部が、今の職業に関係してきます。

中学生の頃は、県大会出場も。
(県大会の結果は、それはもう悲惨でした。)


高校に上がると、体格差や実力の差に脱帽。

記録は伸びず、怪我も重なり引退試合は補助員。

この時、中学生時代から一緒に競ってきた
他校の友人と監督の関係性を見て、感動します。


「私も、こんな感動を分かち合える環境で仕事をしたい!」

と思い、地元を離れ、関西のとある大学へ。



ただ、全くと言っていいほど
勉強をしていなかった私は、絶望。

「入る大学を間違えた…」と初日に心が折れます。


勉強についていけなかったこともあり

その結果、国家試験はもちろん不合格。



その後、一度就職するも、大学に戻り

素敵な先生方、先輩方に恵まれ他おかげで
2度目の国家試験に、合格することが出来ました。

本当に感謝しても感謝し切れないレベルです。


そんなこんなで、合格後はまた広島に戻り
地元で有名な、接骨院に約3年間勤務しました。



そして、もう少しでタイで生活を始め

丸2年を迎え要としています。



「海外移住」というものに

ハードルの高さを感じる方が
まだまだ多いように思います。


穏やかな田舎で、のんびりと育ち

特に秀でた才能や特技があるわけでもない。


英語がペラペラなわけでもなければ

神がかった治療技術も持ち合わせていません。

そんな私が、海外に住み、院長をしている。



様々な悩みを持った方が、いるかと思います。


そんな方たちの、新たな選択肢になれば…

そんな方たちの、少しのきっかけになれば…


こんな想いで、このnoteを書いています。




拙い文章ですが、最後までお読み頂き
ありがとうございました。

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