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いつか宮古島へ

沖縄の宮古島を意識したのは、10年以上前にさかのぼる。

12年前、青年海外協力隊としてバングラデシュに赴任した。職種は「感染症対策」、リンパ系フィラリア症という病気の制圧のために啓発活動や薬の配布状況の調査などを行うのだ。

犬を飼っている人だとフィラリア症を知っているかもしれない。犬のフィラリア症とは違っていて、人間のリンパ系フィラリア症は体内にフィラリアという虫が入り、リンパ節を詰まらせて浮腫(むくみ)ができたりする病気である。主に暖かい地方で発症する病気だが、なかなか注目を浴びない病気のため「顧みられない熱帯病」とも呼ばれる病気の一つでもある。

日本では1970年代に制圧活動を行い成功している。その制圧活動の主な活動地が沖縄、宮古島だった。バングラデシュに赴任するまでそのことを知らなかった。赴任してしばらくしたとき宮古島出身の方と話す機会があり、「昔宮古島に似たような事があった」と聞いた事をきっかけに、当時の資料を取り寄せて知ることができたのである。

私にとっての沖縄は、中学の時の沖縄に修学旅行で戦争体験を聞いたり米軍基地をまわるという平和教育をしに行ったイメージが強かった。宮古島についてもほとんど知識がなく、「きっとのんびりしたところで、青い海があるんだろうな」というくらいの認識だった。

その宮古島での制圧活動である。宮古島では制圧活動を行う前、多くの人にフィラリアの陽性反応があった。そのため、フィラリアを制圧するための担当チームを編成して対策にあたったという。多くの住民を対象に血液検査を行い、薬を飲んでもらう。なかなか同意してくれない方もいたが、担当者が粘り強く説得を行ったため制圧に成功したようだ。そのため、宮古島には今でもフィラリア症制圧の碑が立っているという。

そのことを知って、当時の私は「バングラデシュで今まさに自分がしている事を数十年前の日本でもやってたのか」と驚き、「いつか、宮古島に行ってその碑を見てみたい。引き続き自分達も頑張ろう」という気持ちになった。

バングラデシュでの検査や薬の投与は現地のヘルスワーカーが行ったが、その方たちのフォローが私の仕事だった。なかなかうまくいかない事も多く、また自分の未熟さゆえに迷惑をかけた部分もあったと思っている。しかし、バングラデシュの人たちは私を優しく迎えてくれた。自分自身を成長させるいい経験を与えてくださり感謝している。

そうして、日本に帰国してもう10年以上が経つが、宮古島には行けていない。

結婚し、子どもが生まれ、夫にもこの話をすると「いつか行ってみたいね」と言ってくれている。なかなか行きにくい状況はあるけれど、いつか宮古島に行き、フィラリア症制圧の碑を見に行きたいと考えている。











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