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SNSとの距離感、画面の先にいる人

ネット社会では、毎日のようにどこかしらで炎上が起きている。

「明日は我が身かも」と思うと怖くなって、一時期は自分の意見を発せなくなってしまったこともある。誰も傷つかないことなんてないのでは…と思いはじめたら止まらなくなって、書いては消し、書いては消しを続けていた。

わたしの意見が意図せずどこかで誰かを傷つけてしまっていることがあるかもしれない。でも、意見に対しての違いを主張するのではなく、名前を出して人間性を否定するのはどうなのかな…と。

あえて名前を出して、しっかり傷つけるために悪口を言う。そういう人たちってどこか自分の意見を正当化しているけど、それってただ自分が抱えている心の中のゴロっとした感情を、鋭利な刃物に代えて相手を直接刺しているだけなのでは、と思う。

言葉で人は死なないけど、心は死ぬ。立派な殺人ではないかとも思う。やってることはイジメと変わらないんじゃないか。

モヤっとした感情を吐き出したいなら抽象化したほうがいいし、名前をあえて出すならポジティブなことを発信したい。

もしどうしても具体名をあげてモヤモヤを吐き出したいのなら、日記をつけたらいい。

「自分のSNSなんだから好きなことを言って何が悪いんだ」と言うのなら、名前をあげて攻撃した画面の先にも生身の人間がいることを想像した方がいい。直接会っても同じことが言えるの?

SNSなんて、自分次第で情報の取捨選択ができるのだから、嫌なひとや嫌なことは避けたらいい。見続ける必要なんてないのに、あえて自分から嫌な情報を迎えに行っている人が多すぎる。

昔は、直接嫌なことをされたわけじゃないからとムダな我慢をしていたのだけど、最近ではたとえ自分に向けられた言葉じゃなくても「あ、このひと合わないな…」「攻撃的だから見ているだけでしんどいな…」と思ったら、サクッとブロックやミュートをするようになった。

心の平穏を保てるのは自分だけだし、自分を守れるのも自分だけだ。SNSは便利だけど、距離感を間違えてはいけない。

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