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「親と和解しないと後悔する」って本当ですか?

つい昨日「TODOリスト作るべし」ってドヤってたくせに、今日サボって急に訪れた空き時間を3分程無駄にしたのはどこのどいつだ〜〜〜〜〜い?

ここのこいつだよ!!!!!!!

そんな今日はとても天気が良かったので、娘と散歩に出かけた。
いつも同じ道ばかりで飽きるので、少し遠くまで行ってみた。

そうしたら、「歩いて行くにはちょっと遠い」と地元の人から言われてた場所が見えてきた。
え、全然近いじゃん!!徒歩余裕やん。

その人の価値観が自分の価値観と一致するとは限らない。
私が歩けるって思ったら案外イケるものなのかも。

私は散歩が好き。
ボーッと考え事しながら、景色を眺める。
あの家かわいいな、この家の奥さんはガーデニングが好きなのかな、窓から見える二段ベッドは子供たちのかなとか、いろんなことを妄想している。(覗き見注意)

今日は母のことを考えた。
最近読んでいる小川糸さんの「針と糸」が見事に突き刺さっている。
まるで私の末路を読んでいるよう。

母との関係が本格的にこじれてからもうすぐ4年ほど経つ。
それまでも理解できないところ、接していて嫌な気分になることはいくらでもあった。
しかし、あることをきっかけに私は完全に母との境界線を強く引いた。

それを後悔しているわけではない。
あの時は、そうすることしかできなかった。

ただ今、一番考えたくない母のことを考えてしまうきっかけに出会って、私は混乱している。

和解したら楽になれるだろうか?

「親とは早いうちに和解しておいた方がいい」と、いろんな本が言う。
それが無意識のうちに染み付いて、なんとなく、このままの関係を続けることに焦りというか、情けなさというか、とにかく「いつかなんとかしなくちゃ私はきっと死ぬほど後悔するんだろう。」と感じていた。

でもそんな簡単に解けるものではない。
だから苦しいのだ。

今更なんと言えばいい?
「仲直りしよう」で終われるほど、境界線は薄くない。

私は母にどうして欲しいのだろう?
私は母とどうなりたいんだろう?

最近娘を見ていて思う。
ああ、母もこんな気持ちで私を抱いていたのかな。」と。

愛しい娘に、これほどまでに嫌われたら、私は生きていけないだろう。
そんな思いを、私は今母にさせてる。

隣の芝生は青く見えるというのか、私には私の周りにいる母娘がみんな仲良しに見える。
一緒に買い物に行ったり、目を見て楽しそうに話したり、料理を教えてもらってたり。
どれも私には想像できないことばかり。

だけど、それは忘れたふりをしているだけだ。
私と母にも、そんなあったかい時間が確かにあった。
その時間があったからこそ、その時間を完全に私の中から消せていないからこそ、私は今辛いのだ。

あんなに大好きだったはずなのに。
どうしてこんなふうになってしまったんだろう。

この先どうすればいいのか、まだわからない。
けど、次帰省できたときには、久しぶりに母とお酒を飲みたいと思った。

おやすみなさい。

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