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【短編小説】 『ガーデニング』(8)

次の日は土曜日だった。本当にこの二日で決めてしまわねばと思い、焦燥に駆られた。

二日間はほとんど庭作業に時間を費やした。作業中考えはするものの、すぐに冬服への衣替えのことなど違うことを考えていた。真剣に考えようと思い直すも、すぐ気がそれた。

休みが明け、いよいよ会社へ出勤した。私は則松常務のところへ行き、ハーブガーデンを開きたいこと、そのために会社を辞めたいということをこれまでの葛藤は嘘であったかのようにするすると話した。則松常務は非常に驚いた顔をしていた。それは近くに座るサリに聞こえていないことを願ったが、則松常務が言葉を失っている間、サリの方をちらっと見ると、サリは食い入るようにこちらを見ていた。やっぱり聞こえていたか。私は最低の女だな。自分が逆の立場だったら、友人である自分よりも先に上司に大事なことを打ち明けるなんてことをされたら、当たり前に傷つく。私自身はいくら傷つけられても不幸な人間だから仕方ないと思えるが、サリという欲のない純真な人の胸を引っ掻くなんてことは許されたことではないだろう。しかし、サリのことよりか、サリに対してどう言い訳するかをひたすら頭を巡らせる自分がいることに気がつき、本当に嫌気が差した。

「そうか、自分がやりたいことがあるなら仕方ない。まだ若いから、したいと思ったことは早めにせな後悔するしな。残念やけど、応援してるで。」

私のために必死に言葉を見つけ出そうとしてくれている常務に感謝の気持ちしか湧かなかった。則松常務の元を離れ、自分のデスクに戻ると、サリはこちらを見ようともせず、パソコンに向き合っていた。周りに座る他の社員にも今の話は全て聞こえていたらしく、みんな私のことを目で追っていた。

「ユキ、やめるの?」

私に目を合わせることなく、呆れと嘆きを含んだサリの声だった。

私はただ「ごめん。」としか返せなかった。サリはごめんの後に何か説明の言葉を待っているようだったが、必死に考えたものの、その説明の言葉が浮かぶことはなかった。

「何で先に言ってくれなかったの?」

「いや、言おうと思ってたんやけど、サリにはやっぱりなんか言いづらくて…。」

「でもいずれは言うことになるじゃん。」

「そうやけど、改めてサリには言おうと思ってたから。」

「先に言って欲しかったなあ。」

サリはそう言って、小さくため息を漏らした。

私は何も言えなかった。何で先に言わなかったんだろう。自分に改めて問いた。サリのことを軽視していたわけではない。私は目の前のことしか見えていなかったのだ。それを一刻も早くサリに伝えようと思った。

「私、目の前のことしか見えてなかったわ、ごめん。」

恥ずかしさもあってか、自分でも驚くほど軽い調子でそう言ってしまった。全然反省してないようにみられたのではないかと不安になった。

サリは相変わらずツンとした表情ですぐには返事しなかったが、少し経ってから顔を崩した。

「いいよ。ユキは不器用だって知ってるから。悪気はないんでしょ。それよりハーブガーデンどうやって作っていくの?」と尋ねた。

ああ、女神様。サリは本当に女神のように慈悲のオーラに包まれていた。

「まだ具体的には決まってないけど、資金は十分にあるし、何とかなると思う。」

「何とかって。ちゃんと計画立てなきゃ。そう簡単なことじゃないと思うよ。」

私はこんなに頼りになるサリと離れると思うと、急に心細くなった。私はふと、サリを共同経営者として誘うのもありなんじゃないかと思った。

「サリ一緒にやらない?」

と早速提案すると、サリは少し考えている風だった。しかしそれは断る理由を考えてるようでもあった。

「ユキとだったらやりたいと思うけど、遠いからなあ。ちょっと無理そう。やってみたいんだけどね、ごめんね。でも困ったことがあったら手伝うよ。」

そっか、サリは神戸でもだいぶ山の方に住んでいて、会社までも二時間はかかるのに、大原野まで通うとなると、遠すぎる。何よりサリには愛する旦那と子供がいる。私は暇な人間なのだ。何も持たないが故に時間とお金が余るほどあって消費しきれていない。だからハーブガーデンなんか開こうと思えるのだ。みんな何かを持つが故に生きるのに必死なのだ。そう思うと、自分は何も持たなくてよかったと思える半面、自分が社会と同質でない気がして引け目を感じずにはいられなかった。


職場から帰宅し、早速真剣にハーブガーデン造園の計画を立て始めた。まず造園するのにどうすれば良いかわからず、ネットで調べて京都市内のある造園業者に電話をした。電話をすると、まず中年の男性の声がして、会社名を聞かれ、いや個人です、と答えると、それから少し怠慢そうな声に変わった。私は舐められまいと、ハキハキとしゃべったが、私の計画の無さをその中年の男は知ると、より一層舐めた口ぶりになった。私がその中年の男の返答に迷っていると、「ほんなら、いっぺん誰かと相談してからウチにかけてきてください。」と言ってきた。私はムカついて、「ああ、もういいです。わからないから電話してるのに。もういいです。役立たずなおっさん!」と言い捨て、電話を切った。私はこのおっさんに言い返せるだけのものがなく、感情的にならざるを得なかった。やはり一人で事業を起こすというのはそう簡単なことではないと思い、一気に自信が喪失した。

私はふと、自分には資金があると思い立ち、求人をかければいいのではないかと思った。あらかじめ求人には経験者だけに限定して募集をかければ、しっかりした人が集まるのでは。他人頼りではあったが、それがお金を持っている人間の特権だと考えた。私は早速求人サイトに登録し、求人を出した。一日経つとすぐに連絡があり、京都市内に住む女の人で、自分と同じくらいの年齢の人が応募してきた。私は丁寧に返信をして、面接することが決まった。ああ、私が面接する立場か。とうとう私は経営者になるのか。経営者、私は中学の時にある有名な経営者の本を読んで、経営者に憧れたことがあった。当時は自分が会社を経営するなんて、と思って一瞬のうちにその憧れは憧れとして消えて無くなったが、二十年越しにその夢が姿を表し、現実化する目前に来ていた。人生何があるかわからない、私は飛び跳ねたいほど嬉しくなって庭へ出た。アサギマダラがフジバカマの蜜を吸っていた。これからはあなたたちの時代よ、と訳のわからないことを言うと、訳のわからないことを言う変人のような自分に酔っている自分がいることに気がついた。

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