幸せ者

「もし、願いが何でも叶うなら君は何をしたい?」

夢の中、いかにも怪しそうなおじいさんにこんなことを言われた

「願い…?なんでも叶うの?」
「そうさ。なんでも。」

深夜1:00
目が覚めてからずっと考えている
"願いが何でも叶うなら"って
あんまり考えたことがなかったけど、みんなは何を願うんだろう…

結局あれから一睡もせず、"学校"へ行くことになってしまった
でもあんまり寝ないのは毎日のことだから、慣れっこで。
昨日の夜に切った腕の傷がちょっと痛いけど、今は見たくないからそのままで、いいや

重だるい身体と気持ちを無理やり起こして、リビングに行くと、お母さんが黙って仕事の準備をしていて、お父さんも黙って新聞を読んでいる
今日はダメな日か笑
なんて思って、なるべく刺激しないように僕も黙って過ごそう、と思った
でも…昨日の理科のテスト、結構いい点数だったから見せたいな…

「お母さん、昨日のテスト94点だったよ」
「へぇ。6点落としたんだ、何位なの?」
「…学年で3位だって」
「上に2人もいるんだ。」
「…次は、もっと…ちゃんと頑張るね!」

授業受けてないから、これでも褒めてくれると思った僕が間違ってるんだよね
1位でもないし、100点でもない
甘かった、ね
悲しいんだか悔しいんだかで泣きたくなったけど、我慢して元気なフリをする

お母さんが出発する時間になると、リビングの扉を強く閉めて、外に出て行った

バンッ!

と音を立てて閉まった扉を横目にお父さんは舌打ちをした
その後、お父さんもすぐに上着を着て、カバンを持って玄関を出た

やっと1人だ…なんて思ったのも束の間、僕も"学校"に行かなきゃいけないな
特に食欲もないから朝ごはんはパス
鍵を閉めて、出発する

朝10:00、"学校"に着いたけどまだ誰もいない
これだっていつものことだ、僕が1番に来る

ここはみんなが通っているような学校じゃない「フリースクール」ってところ
僕は学校には行かないでこっちに来てる
だいたい午後になるとメンバーが集まり始める
フリースクールの中で、10時に来るってのは早いほうだ
今日は僕含めて3人と先生
そうだ、「願いごと」の話をみんなに聞くんだった

3人に聞いてみると、
1人は「働かないで暮らすこと」
もう1人は「好きな食べ物やお菓子をいっぱい食べたい!」
最後の1人は、僕と同じで考え中という様子だった

たしかに。働くのは大変だし、食べ物に関することもいいなぁ。

先生にも聞いてみよう
「先生、もしなんでも叶うなら何をお願いする?」
「なんでも叶うの?え〜、なんだろうなぁ。宝くじに当たりたい!笑 しかも3億とか!」

なるほどね、それもありかも。

元気そうにしてるけど、体調はそんなに良くない
そういうことって、特に誰も気づかないけど。
それもそれで好都合?

ちょっと勉強をして、みんなでカードゲームをしたら帰る時間になった
1人になると、僕はやっと
操り人形の"笑顔"の糸を、そっと放す

家に帰ってから、お風呂の時も、1人のご飯の時も、歯を磨く時もぼんやりと願い事のことを考えていた


僕、願い事あるんだけど。

また夜になった
でもまだ、口には出せずにいる
自分の気持ちって、なんだか恥ずかしい

夜になると、やっぱりつらい
どんな名前の付く気持ちかなんて、何にも分からないけど、嫌な気持ちになっていく

リビングから聞こえる、父親と母親の怒鳴り合う声
喧嘩の理由は僕が学校に行かないことだったり、お金のことだったり…
どれもこれも、僕がいるから。僕のせいなんだ

気分はもやもやして、
自分の体の境界もふわふわとして分からなくなる
音も光も遠くなって、周りの物も絵のように…
外の風に当たろうとベランダに出た
真冬の澄んだ風が強く当たって、気持ちいい

夢を見た
昨日と同じ、あのおじいさんが言う

「どうだい。決まったか?」
「…」
「君に願い事はないのかい?」
「……ん、と…」
「教えてくれないか?私だけに。」
「えっと…いや…笑」
「大丈夫だ。言ってごらん。」
「僕…条件付きじゃない、愛ってやつが…欲しい、です…」
「ほぉ……理由も聞かせておくれ。」

僕には血の繋がった父親も母親もいる
父親も母親も仕事もしていて、一見普通の幸せな家だけど、僕は愛情が分からない

いつも顔色を伺って、怒らせないように、親が喜ぶようにって、そこを最優先で行動する
自分の気持ちなんか、そこにはない
そんな家じゃ全然休めないよ

だから、つらくてつらくて、自分の腕を切るんだ
生あたたかい血が流れてきて、それをぼーっと見つめる
そしたら、少しだけ痛いところから嫌な気持ちも抜けていって、なんだか安心して、少しの間眠れる

成績のいい僕しか、部活の大会で入賞する僕しか、元気な僕しか好きじゃないんだよ、きっと
体調が悪いと怒鳴られるし
成績が良くても、それが当たり前のような反応があるだけで、「上には上がいる」って
それで終わり
勉強出来ない僕に価値なんかない
人より出来ることがない僕なんて意味が無い、愛されない

家でも、家以外でも、周りの人が少しでも機嫌が悪いと、すごく不安になって、怖くなって
「僕が悪いんだ、僕のことなんか嫌いなんだろ」
って思っちゃう

ねぇ、愛情って、なに?
家族って、親ってなんなの?
家ってもっと安心するものじゃないの?
もう、僕は何も分からない、分かんないんだよ…

そんなことを言いながら涙が溢れて、必死に拭うけど止まらない
しゃくりあげながら泣いた

「そうか…愛情、か…」

おじいさんはただ一言、ぽつりと言って僕の隣に座った
ただ黙って、隣にいるだけ

「君はいつも笑っているから、もっと明るい願いを言うのかと思っていたよ。」

「だって、元気なフリしてないと、怒られるから。」

言いながら、また泣けてくる
何がそんなにつらいのさ、そんな、泣くことなんかないじゃん!なんにもつらくなんかないじゃん!
自分に言い聞かせるけど、何故か涙が出てきて、上手く笑えない、もう、笑えない、な……


目が覚めると、身体にいつもの重だるさはなく、何故か気分は良かった
でも、父親と母親が、泣いている
ちょっと怒ったような表情をして静かに泣く父親と、崩れ落ちて声を上げて泣いている母親
僕はちょっとびっくりした
親が泣いてるのなんて見たことがないから


"何かあったの?どうして泣いてるの?"

って、そう聞きたかった


でも、

もう聞けないんだね笑




僕はもう、いないから

泣き崩れる母の手には、僕の写真があった
今思うと、妙に歪んだ顔で笑っている、完璧とは程遠い笑顔の僕が写っていた


これは僕が望んだ結果だよね
僕の願いは叶ったよ
僕が居なくなると、こんなに泣いて、悲しんでくれる人がいるの


これが"愛情"なの?

なんて

そう思う僕は歪んでいるのかしら

結局、最後の最後までよく分からなかったけど、ちょっと満たされた気がして、やっと、勝手に口角が上がって、目を細めた


もう、戻れない?


でもいいの
僕は今、きっと最高の笑顔になっている

この記憶を最後にすれば

僕の15年の人生はいわゆるハッピーエンドで、


僕は「幸せ者」ってやつに

きっとなれそうな気がするから


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