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夏がはじまる
玄関に緑色のものを飾りたくなって、今年も夏が来た、とあたしは思った。
いつもそうなのだ。夏特有の湿気と、照りつける日差しを感じるようになると、きまってあたしは緑色のものが恋しくなる。
玄関には、緑をふんだんに使ったアーティフィシャルフラワーを飾った。我が家の玄関には日光が届かないので、しかたがない。
玄関のそばに立てかけてある日傘は、白地にオリーブの葉の刺繍が入ったお気に入りのものだ。
近頃は初夏だというのに、日傘が手放せない。日の光を浴びる時間が長ければ長いほど、体力が奪われる。どっと疲れるぐらいで済めばまだよい方で、身体の節々がキリキリと痛み、頭痛がすることもある。
そもそも持病の関係で日光は極力避けるよう言われているが、この頃は症状が顕著に現れるのだ。
グラスに水を注いで錠剤とともに一気に飲み干す。これで身体の痛みはすぐに消えるから、まだいい方なのかもしれない。
そういえば、とあたしはふと考える。そういえば、もう1か月ほどセックスをしていない。
セックスは、あたしにとってもはや重労働になりつつあって、自分からそれを求めることがない。手をつないだり腕を組んだり、ぴったりくっついて眠ったりすることで十分に満たされてしまうのだ。
あたしは自分がずいぶんと歳をとったように感じる。ゆるやかに、しかし確実に老いてしまったように。
一方、恋人は健全な性欲の持ち主なので、もちろん時々それを求める。首すじに唇を押し当てながら身体を慎重に愛撫して、そっとあたしの様子をうかがう。恋人の愛撫は優しく遠慮がちで、そんなときあたしはいつも自分が高価な食器か何かになったような気がする。
疲れたから、今日は寝るわ、とあたしがそう言えば、彼が続きを無理に求めることはない。あたしたちは、抱きしめ合って一緒に眠る。
そのたびにあたしは恋人に、何かとてもひどいことをしているような気がして悲しくなる。恋人の愛情を裏切っているような。
もっと即物的で野蛮な愛情も、あたしたちの間にはかつてたしかに存在したのに。
「すきよ」とほとんど寝言のような声で恋人が言った。
この人の声は、いつでもあたしを心から安心させる。
きっとあたしたちは、これからも時々静かに絶望し、時々何かを諦めながら、この上なく平凡で幸福な日常生活を送っていく。
あたしたちの時間は、どんどん未来に向かって止めようもなく流れる。あたしはこの夏、30歳になる。
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