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【創作ショート・ショート01】時計屋の古い暗号

 ここから北に30キロほど先にある町は、かつて大きな銀行が林立する金融街だったんだ。今から60年は前の話か。もうすっかり忘れ去られた町になってしまったが、裕福な銀行屋が行くような豪華なレストランや宝飾店が当時はいくつも並んでいた。

 昔その町で、時計屋をやっていた建物がある。重厚な石でできた4階建てのビルだ。ビルの壁面に使われた黄色に近い色合いの石は、わざわざ西の海岸から取り寄せたものだと聞いている。それだけ羽振りのいい時代があったということだ。

 そのビルが今では小さなホテルになって、ほそぼそと経営を続けていたようだ。しかし、いい加減古い建物だということで、水回りの設備を工事し直すことになった。
 そこでが壁をはがしてみたら、そこには奇妙な落書きがあったという。壁の裏側には「3・10・7、あるいは5」と書かれていた。筆跡をみると随分古い落書きらしく、建物が建った当時のものらしい。

 普通なら、奇妙な落書きだ、ということで終わるだろう。しかし、この町は大金融街として名をはせた町だ。かつての富豪たちが夜な夜なこぞって密談を繰り返した町だ。脱税を目的に、自分たちの財産を他人には分からない場所に隠した者も多かった。そして、その隠し場所の目印が時たま発見されるなんてことも、これまでに一度くらいはあったわけだ。

 建物のオーナーのじいさんのそのまたじいさんが健在で、ビルの地下室にはいまだかつて一度も開けられた痕跡のない金庫があると言い出したから、大きな騒ぎになった。
 あの「3・10・7、あるいは5」という落書きは、金庫を開けるための暗号なのではないかと言って、ホテルの営業もそっちのけで誰も彼も金庫につめかけている。
 あの古い大きな金庫にかつての富豪たちのお宝が眠っていれば、それを元手に薄ら寒いホテルなど取り壊して新しい事業を興すのだそうだ。

 あんた、あの金庫開くと思うか?
 俺は知っているよ、どうなるか。

 俺は昔、腕のいい大工だった。そして、まだ若い時分に、雇われてあのビルを建てた。
 あの壁を建てたときにはちょうど休憩をしていて、新聞を読みながらあの落書きを書いた。

 3・10・7、あるいは5。次のレースで勝ちそうな馬の番号さ。


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