見出し画像

『恋も南米の暮らしも応援』 〜全国紙一面トップニュースになったいたずら

コタカチの市場で待ち合わせしたルイス=エドゥアルドさんは、三つ編みに黒いフェルト帽が似合うひと!先住民の人たちや、大きなズタ袋と一緒に、トラックの荷台に揺られ、トゥニバンバの彼らの畑へ。

唐辛子は、よく日本でみかけるように空を向いて実をつけずに、大きな重い実を地面に向けてもたげていた。それに、「唐辛子畑」というから、見渡す限り同じものが生えていることを想像していたのだが、少しずつ、あちこちに点々と生えている。

畑には、「少量ずつ多品目のものを植える」「伝統的な作物を植える」「作物の組み合わせを工夫する」というパーマカルチャー*の約束があるのだそうだ。ルイスさんは、唐辛子をオーブンで焼いたのち粉状にして、パッケージングし始めたばかり。

その唐辛子パウダーや、黒こしょう、クミン、ショウガパウダーをバックパックに詰め込んで、まだ空に星の見える午前4時のバスに乗り込んだ。エクアドル中から集めたスパイスを持っているだけでなく、一つひとつについて相当な説明ができるんだから、私はなんだか行商人みたい。

コタカチからキト、キトのターミナルでグアランダ行きに乗り換え、最高峰チンボラソの山麓のサリナス村へ。赤道直下にありながら、起伏に富んだ地形を有するエクアドルは、たぐいまれな生物多様性を有する。そんな自然のありようからインスピレーションを得たのだろうか、古くから、森に様々な作物を混栽させて育てる形の農業が伝統としてあった。

それは人々の暮らしを豊かにすると同時に、土地の環境を守る理想的なやり方でもある。しかし、バスの窓からは大きなパームやしの農園や、バナナのプランテーション、広大な大豆畑が次々と見えるように、近年、土地利用の仕方が変わってきた。農薬や化学肥料を使用した大規模な農業や、鉱山や石油の開発のために、森林伐採が進み深刻さを増している。

そんななか、小農民の有機農産物を選んで購入し、販売力のある商品へと加工するサリナス村の産業は、農家の暮らしと、その拠ってたつ自然を守るつながりだ。

標高3550m。その年は、着いてそうそう冷たい雨が降り、とてつもなく寒かった。まずはチョコレート工房、毛糸編み工房にも挨拶に。みんなとの再会を喜び合いながら、明日からの仕事を段どる。カカオ生産国でチョコをつくる挑戦をはじめたチームと、村中みんなが得意な編み物を村の特産品にしようというママたちのチーム。

わたしは、まず高地に身体を慣らすので精一杯。帰りに緑色のネックウォーマーを一つ買い、チーズと雑穀のスープを食べて、暖炉に当たって、ふとんにくるまって翌朝の早起きにそなえた。

サリナスの朝は早い。まだ日が昇る前から、牛乳を運び終えたロバと一緒に石畳を下り、チョコ工房へ。工場長のホルヘに白衣をもらい、みんなに笑われながらシャンプーみたいなキャップをする。工場のみんなは、スパイスを前に大騒ぎしたが、持ち場につくとプロの顔に戻った。

ローストしたカカオで作ったチョコレートペーストを、型に一度流し込んだと思うと、すぐに型を逆さまにして流しだす。そうすると、型のまわりにだけチョコレートが残るので、まずはその部分を固める。それから、中身になるチョコレートを詰め最後に上からもう一度チョコレートを流してもう一度待つ。

今回は、チョコレートの中に、ほんのり唐辛子パウダーを入れる。ジョニーデップ主演の映画『ショコラ』を観てからずうっと気になっていた、唐辛子(スペイン語ではアヒ!)とチョコの組み合わせ。マヤ文明の人たちは、カカオと唐辛子を煮だしたものを『愛の媚薬』として飲用していたという。分量を慎重に。絶妙な唐辛子の割合を探ってゆく。

ぴりりと舌先にいたずらして、のどの奥にぽっと火がともる、にがくてあまいカカオのかおり。たしかに恋によくにているかも!わたしは試作中から、マイルドなミルクチョコとスパイシーな唐辛子の組み合わせに、もうやみつき。早くみんなに食べさせたくてドキドキしていた。

胡椒は木槌でたたいて、細かく砕いたものと、丸い粒をそのまま入れた2種類をつくってみた。ビターチョコに胡椒のスパイシーな風味が混ざって、これは大人の味。以前バーで食べたチョコレートにヒントを得た。キヌアは、オーブントースターで焼く。南米が誇る高栄養価の雑穀。NASAが最初に宇宙に持って行ったことでも知られる。次の日は同じことを、ビターチョコレートではなく、ミルクチョコレートで繰り返した。全ての行程が、手作業で行われる。包みをあけてチョコを食べるとき、それが誰かの手によってつつまれたことなんて、たいてい思い出さない。

日本から持ってきたオーダーメイドの型の導入もばっちり。チョコレートがまずまずのできになってきた頃、製造はお任せして、ニット編みの家へ移動。海抜3550メートルだから、息が切れて仕方ない。

リーダーのグラディスおばさんと、唐辛子の形の小袋を毛糸で編んでもらう企画を進めた。まずは絵を描いて、販売用途を説明し、ディテールを相談する。この国の食卓に欠かせない唐辛子だけあって、形はすぐにかっこよく決まった。赤、黄緑、黄色、オレンジ。毛糸を少しずつ切って、糸の色見本を作成しておく。値段の取り決め、タグ付けの段取り、年間計画の説明、原材料の手配に関しても話し終えた。あとは、村の中を歩きながらでも編み物してるメンバーみんなに、新しい編み方が伝わるのを待つだけ。

4日目の夜、チョコレート工場のエリシアが、晩ご飯に招いてくれた。ジャガイモを剥きながら「家に帰ったら今度は家族にごはんを作る仕事が待っているの」と嬉しそう。日曜日までにできるだけの唐辛子袋とチョコレートを、サンプル用に宿に送ってもらうことを頼んだ。そしてみんなに挨拶したあと、トラックを一台つかまえ、カカオの里を求めてサリナスの山を下りた。目指すは亜熱帯の町、エチャンディア。

トラックを降り、バスに乗り換えたいのだが、なかなか来ない。バス停にいた地元の人たちにも、唐辛子入りのアヒチョコレートを試食してもらった。いつ来るか分からないバスを一緒に待っている。そんな偶然を最大限楽しむのが、エクアドル流。車中でも、周りの座席のひとたちにふるまってみた。みんな酔っぱらったように上機嫌で、色々言ってくる。「外国人には良いかもしれないが、ラティーノには少々辛すぎるよ」「あったかくて美味しい!これは売れるね。」何を言われても、私が説明するのは同じ、

「ショコラって映画知ってる?マヤ文明ではね...」。ジュリエット・ピノシュふんする、ジプシーの親子が、フランスの片田舎にチョコレートショップを開き、ショコラに唐辛子をふりかけて、厳格な人たちの心を愛で溶かしてゆくラブストーリー。

みんなのテンションがあがって行くのと反対に、窓の外には霧が立ちこめた。山を降りる途中で、雲の中に突入したのだ。よく霧のかかる亜熱帯の森で、カカオは栽培されている。コーヒーはアフリカの原産だが、カカオは南米の原産。元々それらが、山の中にあったように、他の作物と混栽しながら日陰で栽培することで、質のよいカカオと、生活に必要な作物を一緒に育てることができる。

「ほら、あれがカカオだよ」バスの中の誰かがそう叫んだ。隣のおじさんが窓の外を指さした。森の中に、鮮やかな黄色とオレンジと紫色の実が、幹にそのままくっついている。その姿はとても幻想的。樹の高いところに大きな実を一つずつつけるこのカカオは「カカオ・ナショナル」と呼ばれ、多くが森林栽培で農薬を使わずに作られる。他のカカオに比べ収量は少ないが、ずっと香りのよい豆がとれる。森が深くなるにつれ、戻ってきたというキツツキ、木の幹の蟻の巣、足元の小川にいるメダカ。妖精みたいなカカオの花の間を飛び交うミツバチ。いろんな生物、植物と暮らしてきたカカオの味わいは深い。サリナスは、エチャンディアや他の地域でこうして作られ、丁寧に発酵したカカオを、雲の上の工場へと送る。

カカオ豆を選別して、焙煎すると、工房には、良い香りが立ちこめ、何やらテンションが上がる。わたしはそれをカカオハイと呼ぶ。そこで作業していた気のいいみんなが、「楽しそうだね。Ok、一緒にやろう!」って私を仲間に入れてくれた。そのラテンのノリが、アヒチョコレートを産んだ。チョコレートの詰まった唐辛子型の毛糸袋を、百貨店の店頭に並べるスタッフのカラー写真が、朝日新聞の一面トップを彩ったのは、ある年のバレンタイン直前。見出しは、『チョコが一役〜恋も南米の暮らしも応援』。フェアトレード*の用語解説が、日本で初めて1面トップに掲載された。最初は300万円だった取引額や、足りないって言われた編み棒を持って行ったことも細かく書かれていた。翌年から、バレンタイン催事で、有名パティシエたちの間でも「フェアトレード」を取り入れたり、生産地と直接向き合う気運が高まった。

調子に乗ってアヒチョコレートをジョニーデップに届けようと手紙を書いたけど、やっぱり返事は来なかった。でも、宇多田ヒカルさんが、突然ブログに「ミラクル・フレイバー・オブ・ラブ!」と、写真付きで紹介してくれた。美容師さんにアヒチョコをプレゼントしてもらったんだって。エクアドル大統領がヘリコプターに乗ってサリナス村を訪問したときのスペイン語のニュースに、「村の名産の一つアヒチョコレートを試食....」と書いてあるのも、密かに発見した笑。数年後、くせになるからというお客様のリクエストに答えて、板チョコバージョンもリリース。元祖、毛糸袋入りのアヒチョコは、もう13年も続いている。どのくらい、恋に火をつけてきたのかなあ。

『恋も南米の暮らしも応援』というタイトルが、わたしはとても気に入っている。自分のフェアトレードへの態度が、そんな感じであれればいいなって思う。友だちからの応援は、気軽だけれど、ずっと続いていくもの。そして、ときに、そこに居合わせた、誰かのちからや、表現を、奮い立たせるもの。



*パーマカルチャー:パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、そして文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法。

*フェアトレード:(Fairtrade、公正な貿易)、貧困のない公正な社会をつくるために、途上国の経済的社会的に弱い立場にある生産者と経済的社会的に強い立場にある先進国の消費者が対等な立場で行う貿易です。適正な賃金の支払いや労働環境の整備などを通して生産者の生活向上を図ることが第一の目的です。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?