パワーワード『世界で一つ』

とある神社に息子と散策をしていた時のことだ。

ベンチにずらり、あふれんばかりの手作り動物を広げたじいさんがいた。よく見るとプラスチックのようなものを再利用し、ハサミを駆使して色んな動物の形作り、カラーペンで色付けしてある。

じいさんなので、カラーペンの色付けは手が震えた為か、動物によっては目の位置がズレていたり、線も震えていたりする。孫のために大量にこしらえたのか、なぜ、このじいさんはこんなにも広げているか、、

立ち止まった瞬間、じいさんはじいさんとは思えない俊敏な動きですっとこちらにやってきて、畳み掛けるようにこう言った。

「色んな動物がおるよ。色違いもね。これ、僕しか作ってないから世界で一つのものなんや。せやから僕が死んだら、もう手に入らないっ!・・まあこれはね、手間賃はもらってないんですわ、材料費だけもろてますんや」

え!売ってるの?!じいさんだから、かわいい子供達のために配ってるわけじゃないの?商売してるの?!材料費っていくらなの?!数秒の間にいくつもの疑問が駆け巡り、脳内が大騒ぎとなった瞬間、じいさんは非常にシビアな表情で言い放った。

「ひとつ、800円。二つで1500円。ふたつ買った方が、お得ですよ。あ、千円しかなかったら、お釣りも出せるよ」

予想のはるか上を行っている金額に呆気にとられていたら、隣で息子がわたしの袖をつついた。

「お母さん、この馬のやつ、ほしいよう」

え!!!!!これほしいの?!さらに脳内が大騒ぎとなる。隣で我が息子が子犬のような目をしてこのじいさんの馬をせがんでいる・・!馬の目は微妙にずれてこちらを見ている。でも800円は高い、ぜったいに高いって!!

軽く脳が揺れ、ここはひとつ、じいさんに交渉してみようではないかと、ふっかけてみた。せめて半額。半額でも高いと感じるくらいなのだが、まあいい。

「あの、半分にはならないですか?」

「・・・」

「半分、400ではどう?」

「・・・」

驚くことにじいさんは明らかに無視を決め込んでいる。さっきまで普通に会話してたやん!急に聞こえなくなることってある?!じいさんは遠くの方を眺めだした。なにやらぶつぶつ言っている。

だんだん作為的な態度にイラついてきたわたしは、もう行こうと息子の方に顔をやると、「お母さん、この馬ほしいよう・・・だって世界で一つしかないんだよ?」と、また潤んだ目で見てきたのだ。完全に「世界で一つ」というキャッチフレーズにノックダウンされているし、じいさんと息子がつるんでるんじゃないかというほどの、茶番劇ではないか。今日は一体、どうしちゃったんだろう。


財布を広げると、500円玉ひとつ。このじいさんに、500円玉払うのはどうも納得いかないが、こんなにも息子が欲しがっているのならと、

「これでどうでしょう?」と交渉してみると、じいさんはこの上ない辛辣な表情で「はっ!無理でっせ。無理無理。800円しか無理っ!1000円札出してくれたら、お釣り出しますって!」と言い放った。

その瞬間、「じゃ、いいです」と息子の手を引き、その場を立ち去ると、じいさんは大声で「500円って!ないわあ!1000円出してくれたら、ええのに!」と管を巻いていた。

それを聞いて、こころの底から買わなくてよかったと安堵した。

しかし息子は名残り惜しい表情で、「お母さん、あれ、世界で一つしかないんだよ?」とまだ言ってる。小学生にとって「世界で一つ」はパワーワードなのか。

「あのね、お母さんが作っても、あんたが作っても世界で一つやろ?みんなそうや。世界で一つ、あと一つしかないって言われたら欲しくなるやろ?物を売る為の戦略や」と静かに諭すと、

息子は夢から覚めたように、「ほんまや!」と目を丸くした。

「僕が作ったものも、世界で一つしかない!あのおじいさん、当たり前のこと言ってる!」

「そうやで。それに、神社の中で勝手に商売したらあかんねんで。許可とらんと物を売ったらあかんねん。ははーん、じいさんだから値札つけてなかったんか!」

「あかんやん!」

あれだけ震えた目をした馬を懇願していた息子は、180度態度を変えた。

しばらく散歩してから、元の道に戻ると、まだじいさんは動物を広げていた。同じように子供が近寄ってきて、その子の母親が何も知らず近づいていく。子供が食いついた瞬間、またあのパワーワード「世界で一つ」を畳み掛け、じいさんの商いは始まった。子供が食いつけば食いつくほど、母親は苦笑いで手を引っ張って、連れていこうと必死である。

母親は何も買わなかったが、4、5才のその子供が、「ありがとうございました!!」と、きらきらした目を向けて丁寧に挨拶すると、じいさんは子供の顔に見向きもせず、遠くの方を見てぶつぶつとつぶやいていた。

その光景を遠くから息子と眺め、寄り道しながら歩いた。しばらくすると、さっきのじいさんが早々に店じまいし、すたすたと前を歩いていった。じいさんの背負ったリュックはパンパンだった。








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