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ハートにヒビが入るほど綺麗な海を探しに行く物語-4-

半分洞窟のようになったこの不思議な形をした島の周りをたどっていくとなにがあるのだろう。

何かきっと素敵なことが待っているに違いないとわくわくしながら、気合いを入れなおすようにリュックを背負いなおし歩き始めた。

しかし歩いて数分もたたないうちに滑った。
あたしがはいてった靴はトレッキングと水遊びどっちでもいけるようなゴムスリッポンだった。
あの足の甲の所に穴がいっぱい空いているやつだ。
帰国した友人からもらったもので使いこんであったので底の裏が擦り減り、あんまり摩擦がないのでドリフのようにつるつると滑って派手に尻もちをついた。
それでも思い出のデータが詰まった大切なカメラや、なくなったらだれとも喋れなくなる電子辞書、携帯電話が入ったリュックが危うく海へ転落することだけは命懸けで阻止した。
ごつごつとした摩擦の多そうに見えた岩の表面はぬるぬるとして歩行の安定さを奪った。
スリッポンを脱いだらましになるかと思ったが素足でもなおさら滑った。戻ろうと思ってもうまくいかず、このままじゃ電子機器が危ない、どうしたものか・・・と考えていたら岩の壁に掴まるのにちょうどよい窪みがあった。
たすかった・・・とふと上を見上げると光がさしている。
どこかに通じているのか?
サンゴの岸壁はところどころ鋭いところもあったがどうやらなんとか登れそうだ。
リュックを乾いた窪みにいったん置き、登ってみた。
日本にいたとき時々ボルダリングジムに通ってロッククライミングをしていたのでその時のことを思い出して光のさす方向に登ってみた。
2mぐらい登ってみたら岸壁の上に出た。
一段と高い岩の上は見晴らしがよくをビーチと島を一望できた。
たき火の跡があるから何度か人がここを休息地に登ってきたらしい。
ここならあまり人も来ないし荷物を置いても盗られる心配はなさそうだった。
リュックをおいて滑ってびしょ濡れになった服を脱いであらかじめ下に着てきた水着になった。岸壁の上は日当たりもよく濡れた服もすぐ乾きそうだった。
絶景に見とれているとしたのビーチにいる4才くらいの白人の子供があたしに気づいて、どうやって登ったのー?と声を掛けてきた。
そこに穴があるの!でも君には登るのは難しいかな!と教えてあげた。
白人の子供はその岸壁の高さをみるとちょっと残念そうな顔をしたが、NICE!と親指を立てて彼はほほ笑んだ。
水着になって荷物も置いたのでもう身軽になったし、濡れることを心配しなくてもいい。
しかし帰る時が問題だった。またあの穴をリュックをしょって背負って戻るとどっちにしろ濡れてしまう。どこか抜け道はないかと探したらどうにか岩の上を伝って乾いたビーチに降り立つことはできそうだった。
なにも心配はなくなったので穴を再びおり、もっと島の先に行ってみることにした。
この小さな無人島だったら歩いて一周することもできるかもしれない。
岸壁を伝ってさらに進むとたくさんの岩壁の空洞に潜んでいた小さな蟹が驚いて一斉に逃げて行った。
サンゴにあいた空洞に急いで逃げ込みつやつやとした黒い目をのぞかせてこちらの様子をうかがっていた。
蟹が逃げていく時、サンゴ岩の湿った無数の空洞に蟹の小さな足音がこすれ、シャラシャラという銀の鎖がこすれるようなきれいな音が岸壁に響いた。
ずんずん進んでいくと岸壁に無数の貝のようなものが地層のように並んでいた。ほとんどは岸壁と一体化して生きていないようだった。
 
ビーチの人の声も聞こえなくなり、人の姿も遠くの岸壁の影に隠れてしまうようになったころ、岸壁にの天井に1,5mほどの穴があいている場所があった。
そこの場所の削れは一層深く薄暗い雰囲気を醸し出していたが、その穴から透明な水にスポットのように光が差し込んでいて思わずその神々しさに見とれてしまった。
まるでセイレーンの住処に迷い込んでしまったかのようだった。
その場所の美しさにその場に横たわり水に身を任せた。
あまりの心地よさにこのまま透明な水の中に引き込まれてしまいたい、とも感じた。
このまま深く深くそこまで沈んで行って海底から上を見上げたらきっときれいだろうな、と思いを巡らせた。
水底で砂がさらさらと揺れる音が水を通して鼓膜に伝わってくる。
このまま時が止まればいいと思った。
カメラがないのが残念だった。
でもこの美しい場所は写真に収めてしまったら美しさや感動は失われてしまうように感じて、記憶の中で思い返すのがよい、と自分の中で結論付けた。
しばらく心地よい波に体をゆだねリラックスしたあと、立ち上がり、もう少し先に行ってみたいと思った。

もう少し先に行くと地層のように壁につらなっていた貝の群れが足元にも表れ始めた。その貝はとても鋭く足の裏を刺激した。
まるで温泉によくある足つぼ押しのようだったが、マッサージのような生やさしい踏み心地ではなく、時折とても鋭い貝が足を刺しあまりの痛さに顔を痛みにしかめながら、なるべく鋭い貝を踏むことを避けながら進んで行った。
人魚姫の話にもバージョンがいろいろあるがその中の一つに魔女に人間の足をもらった時、人魚姫は舞踏を踏むような優雅な歩みと誰もを魅了する美しい足を手に入れた代償に一足歩くごとに剣に貫かれるような痛みを感じるというものがある。
貝の上を歩く感覚は一歩踏み出すごとに刃物に突き刺されるようで、人魚姫はこんな痛みを味わったのだろうか、それとももっとひどかったのだろうかと思いを巡らせた。
壁の蟹は相変わらずシャラシャラという音を壁の空洞に響かせ逃げていくが、その姿は私を島の先へ先へと導いているようにも見えた。
鋭い貝の上を歩き続けたのは視界の先に岸壁が開け、その先に美しい小さな砂浜があったからだった。
人が遊んでいるビーチ以外に唯一森と海を歩いて行き来できる場所らしかった。
大きなバオバブの木やねじれた灌木が小さな砂浜を守るように大きく空に枝葉を伸ばしていた。
砂浜は少なくとも今日は誰も人が踏み込んだ跡はなく、降り積もったばかりの雪のようにまっさらだった。
うれしくなって砂浜に横たわりゴロゴロと転がった。
ビーチがあるところから島のもう一方の先端まで半分以上来ただろうか。
水平線近くをたまに漁船が通るばかりで全く人気はなかった。

・・・これこそがあたしがひそかにあればいいなと昔から思い描いえてきたこと。絶対かなわないだろうと思っていた。
これはプライベートビーチを貸し切りにできるほどのお金持ちにならないと無理だろうと思っていた。誰もいない真っ白な砂浜と透明な海は、今まで生きていた自分に染みついて取れないすべてのネガティブな感情を吸い取ってくれそうな、綺麗にすることはできなくても染みだらけのままの自分でもそのまま受け入れてくれそうだった。
純真な海の前では自分を飾る必要がなく、限りなく素の自分になれた。
誰もいないその場所ではなんだったら裸にだってなれた。
誰もあたしのことを否定することもなく、ただ海と砂浜とあたし、それが、その存在があるだけ。
理由も、目的なんかもその場所に限っては考える必要もなかった。
ただひたすら頭の中を空っぽにした。
砂浜に横たわり、皮膚のほてりを時たま深く打ち寄せる波が冷やし、自分が誰であるかも忘れられそうだった。
長い時間をそこで過ごした。時間がどれだけ経っているかもわからなかった。
起き上がるとその砂浜にはいろいろなものが落ちていることに気がついた。青い幾何学模様の入った丸い石を拾うとそれがゴム草履が波に削られ丸くなり石化しているものだということに気がついた。
他にもプラスチックや人工物が長い時間を経て波に削られ透き通ったサファイヤのような透明な宝石のようになったものやカラフルなサンゴの石などを見つけた。それを夢中で集めた。
それらの宝物を水着の間にしまい込み持ち帰ることにした。
名残惜しいがたくさんの収穫を得て満足したあたしは帰りの船の時間も迫っているに違いないので元のビーチに戻ることにした。

気がつけば潮がだんだん満ちてきていて最初のころはくるぶしほどだった水も膝ほどの高さまでになっていた。

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