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ハートにヒビが入るほど綺麗な海を探しに行く物語-3-

ボンゴヨ島のトレッキングルートの森の入口へ立つとそれは一本の道のように見えた。

少し様子を見るつもりでとりあえず目の前にある道を進んでみた。

ボンゴヨ島に来ている客はトレッキングなどには興味がないらしく森の中はあたし一人だけだった。

あたしがボンゴヨ島に行くきっかけとなったインターネットに載せられた旅人の情報によると、自然の岩のくぼみに海水がたまってできたタイドプールやシャークラグーン、洞窟、ドイツ植民地時代に使われていたドイツ人がかつて住んでいた邸宅跡地があるらしい。無人島の洞窟などはなんとも冒険心をそそられる情報だった。

現地のスタッフが案内してくれるトレッキングツアーがあるらしいが昼時で従業員はランチの準備に忙しくて声をかけてもツアーなど対応できそうな雰囲気どころではなかった。事前に調べた情報によると案内料は5000TSHとそんなに高くなかった。とはいえ来る時に思ったより高かった船賃に苦学生の財布は予想外に傷んでいたのであまり無駄な出費はしたくなかった。

昼ごはんを食べてから昼過ぎに落ち着いてトレッキングツアーに参加しようかと思ったがランチの値段に驚愕した。
揚げ魚とポテトフライが載っただけのランチが10000TSHもする。
高い高いとは聞いていたがばかばかしい高さだと思った。大学の学食で同じようなものを食べれば10分の1くらいの値段で食べれる。
ビーチで待つにしてもバンダはあらかた他の客が使っているし、日陰が心地良さそうなバンダのスペースは5ドルかかるとか言われるし、椅子を使うのにも何もかもお金がかかるらしい。
どこに座ってもお金がかかりそうで落ち着かなかった。
木に手作りのブランコがあったのでそれに座って考えようと思ったが座ってゆらゆら揺れていると横の木の柱にFOR CHILDREN 1000TSHと書いてあって、こんなとこまでお金がかかるんかい!もういい!ツアーはまたん!一人で行く!と憤慨してリュックサックをしょって一人森に出た。

 森を進むとビーチではしゃぐ客の声も遠ざかり、ねじれた灌木や背の高いサボテン、屋久島の杉の木と張り合えるくらいの大きなバオバブの木等が自由に育つジャングルだった。

木々の間から静かに光が線のように差し込んでいて、その中を小指の爪の半分にも満たないほどの白い蝶がふわふわと飛んでいた。
その蝶は虫というより宮崎駿の風の谷のナウシカの腐海にでてくるような植物の胞子のようだと感じた。
歩みを進めると小さな蝶たちはあたしが通る時に起こった空気の乱れに身を任せるように侵入者の体をよけ、その動きはまるでコロイドのブラウン運動のようにランダムにひらひらと待った。

ビーチで寝そべってTAHITI80でもゆっくり聞こうとアイポッドを持ってこようと思っていたのをうっかり忘れていた。
最初は静かすぎる森の中に不安さを覚え何か音楽で耳を塞いで気を紛らわしたいと思っていたが、静寂に慣れると何かの鳥のさえずる声が聞こえてきた。
その正体にはしばらくして出会えた。婦人の羽帽子のような、頭に飾りがある鳥で、尾羽は鮮やかなオレンジ色でかわいらしい小鳥だった。
写真を構えたが警戒心が強くシャッターを押すころにはもうフレームの外に出てしまう。
素早い鳥で何度か静かにかわいらしい姿をデータに収めたいと思ってカメラのボタンを押したが遂にそれはかなわなかった。

地学にはくわしくないので何とも分からないが、どうやらこの島自体ただの岩でできた島ではなくがサンゴの群樵や貝がそのまま石化してできたものらしく、その上に海や風、それと動物が土や糞、植物の種を島に運んでこのようなジャングルを作っているようだった。
ジャングルの中で足元を見ると軽石のような、それでも軽石より穴がたくさんあいたごつごつした石ばかりで、海底火山でもあったのかしらと思ったが、その岩に目を近づけてみてみるとなにか割れ方や風化の仕方に規則性があるものが見られた。
ジャングルの中ほどでもっとサンゴだとはっきりわかる模様がついた地面を見つけてその推測は確信に近づいた。

ごつごつとした岩の道の途中にたくさん木の葉が重なっている場所があって気にも留めず足を延ばしたら木の葉だと思ったものが動き出し、たくさんの黒い蝶が足もとからふわりと10匹ほど飛び立ち驚かされることもあった。
途中に気をつけていないとうっかり落ちて2度と這いあがれなさそうな井戸のような垂直に地下に伸びた深い穴などもあった。大人では入れそうにないが地下に空洞がありそうな亀裂なども見つけた。
カサリと草木の乾いた音がたったと思ったら大蛇がするすると深い草の奥へ逃げていくのも見た。
きっとRPGのゲームやファンタジー小説に出てくる環境が実在するとしたらでてくる旅人はこんな道を通っているのだろうな。
まるで自分が物語の主人公になったかのような気分になった。

 30分か1時間程歩いていたが目的のスポットはどれも見えてこない。
美しいが、延々とジャングルの小路が先に延びているばかりだ。
だんだん不安になってきた。迷ったんじゃないか。
島の形状は細長いちいさな島で、島を一周しても2時間ほどで回れるとの情報だったが、そもそも地図でルートをよく把握しないままにある道を通ってきてしまった。
まっすぐと続く道をどこも曲がらずに歩いてきたのだからそろそろ端に着いてもいいはずだった。だがまだまだ先は長そうだった。
道をまっすぐ12時の方向に向かっているとしたら3時か9時の方向に進めば海が見えて、島のどの位置に自分がいるか確認できるはずだと思った。それで木々の密度が薄い所を選んで9時の方向に進んでみた。
海の音が聞こえるのでさほど遠くない位置に海があるはずだったが、横に進んでもなかなか青い海は見えなかった。
道がまっすぐなうちはまだ迷わないが横道に進んでいる今さらに自分が道を失っているような気がした。
自信を失った時は無理せず引き返そう。
そう決断し、一度地図のルートを確認するために小屋まで戻ることにした。
今度は写真を撮りながらではないので行きより早く帰れた。

 森を出ると急に太陽の眩しい光に包まれ目がくらんだ。
通気性のいい素材とはいえパーカーとスパッツという全身の肌を覆う服装でジャングルの中を歩いたので汗だくになっていた。
少し休もうと思ったが前述したとおり人の作ったものを使うには何かとお金がかかるので、なにか自然のもので、強い日差しを遮り、座るのに調度の良い場所を見つけて休もうと思った。
しかしそんな都合の良い場所があるだろうか。見渡してみたら都合の良い場所があった。
ボンゴヨ島の島の縁はねずみ返しのような構造になっており波で下部が大きく削られて上部が大きくせり出すといった形をしていた。
大きくせり出した島の縁は屋根のようになっておりちょうど今は潮が引いていて、コの字のように下の岩が水上に出ていたのでそこで日差しをよけられそうだった。
近づくとちょうど座るのに都合の良い丸い岩が転がっていた。
少し海藻が集まっているところだったが気にせず、そこで波に足を浸しながら来る前に買ったキリマンジャロビールの栓を開けた。
少しぬるくなっていたが、たくさん歩いたあとだったのでとにかく喉は何かを通すことを欲しておりそんなことは気にならなかった。
しばしアルコールがじわじわと体にしみわたる感覚を楽しみながらポテトチップスを開けた。
楽園というところはこういうところなんだろうなぁと海をぼんやり見つめながら思う。
忘れたアイポッドの代わりに頭の中でJUDEの海水浴を流す。
座ってあたりを眺めると白人の家族連れやカップルがたのしそうに泳いでいる。
盛り上がっているようで実に結構なことだが、逆にあたしは静寂を求めていた。

 誰もいない ひみつの海

ビーチと反対側の人気がいない方向に目を移すと、ねずみ返しになった島の縁がまるで道のようになっていた。
半分洞窟のようになった岩の陰影とその先にあるまだ見ぬ風景の光があたしを誘っているように思えた。
・・・ちょっといってみるか。
腰をあげ、ビール瓶とあいたスナックの袋をリュックサックに詰め込み
島の縁をたどることにした。

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