思い出に残るのは、ひと春の恋

その日のお酒は、消毒液かのような濃いアルコールだった。
割りものというより、混ざりものでしかない。
それがピッチャーで大胆に出てくる。
コースで出てくるご飯は取り分けずらいし、量も少ない。
幹事をしてくれた先輩には悪いけれど、これでお金を取られるのはさすが、やはり「交流」って接待みたいなものだと感じた。

そんな酒を、下手に座って皆についでいる男がいた。
席順からして同い年らしい。
大学サークル間の交流だが、どの大学だっただろうか。
酒が強いと見え、皆がピッチャーに少し残す酒を進んで飲んでいた。
それに加わった私もまた酒には強いはずだが、次第に酔っていった。

珍しく酔っ払った。エレベーターに乗るときにつまづいてしまうほど。
新宿駅。一緒に乗った山手線。送ってくれた。

ラインを教えてください、と既に作られているグループを見れば分かるのを無視して、帰り際に聞いた。
塾講師を始めようと思って、と男がしているアルバイトの話などをして話をもたせた。

ある日、池袋駅。気づけば終電はとっくに過ぎていた。
いや、本当は終電がないのを知っていた。
若い二人はそのまま一晩飲み明かした。
始発も過ぎた朝の光に包まれる電車。
最寄り駅まで送ってくれた。

あのとき、きっと、私がいじめられているのを本気で聞いてくれたから。
泣いたのは男の方だったから。

付き合ってから、男はサークルを続け、私は辞めた。
汚れたサークルだった。
それでも私の大学のサークルを毛嫌いしないで交流してくれた。

週に一度、月曜日だけ会える日。
日曜夜から泊まったりもした。

それ以外の日は電話をした。
電話は屋上でしているらしい。
屋上のある一軒家。なかなか立派だとは思っていた。

コンタクトを落としてしまった日、わざわざ大学まで迎えに来てくれたこともあった。
心配性で面倒見がいい男だった。

誰にも話したことがない話をする、と言われた。
それは男の生い立ち。所属。母の職業。
打ち明けるのは別れる覚悟のいる話だった。
付き合っていく上での心配要素だったらしいが、男の人の良さで全て打ち消された。

その後は仲良くやっていた。
3姉妹を持つ兄であり弟。特有の思いやりがあった。

デートらしいデートはほとんど出来なかった。
男のサークルが忙しすぎて。
代わりに地元である都内を案内してくれた。

お金はなるべく、少しだけ多く出すようにした。
アルバイトしか取り柄のない私の、せめてもの思いやり。
男もそれは知っていて、私の誕生日のためにバイトを増やしてくれた。
誕生日は全て男のおごりだった。

別れた理由は覚えていない。夏のことだった。
良い思いをした、春の思い出。

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