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活動日記 2023/07/31-奥多摩合宿

 翌日、ウルトラマンにたたき起こされた。大音響で起床させようとしてくる彼の手にかかれば、起きない者はいないといわれる名目覚まし時計である。
 少し昔の話だ。僕がこの学習合宿に初めて参加したのは、小学4年生の時だった。ここで僕は怪我をして病院まで車で運ばれた。いまではその傷は跡形も残っていない。
 そんな記憶が残る合宿だが、もう一つ。未だに鮮明に残る記憶がある。ウルトラマンが予定起床時刻よりも1時間も早く叫びだしたのだ。慌てて起きた先輩が止めたものの、時、既に遅し。既に皆目が冴え、再び眠ることなどは出来そうになかった。
 そんな先輩方の怒りのこもった目線を受けながらも一人すやすやと安眠していた僕は、ついに業を煮やした先輩に起こされた。
 こうなった理由は何故か。実は、ウルトラマンが暴走したきっかけは既にある程度はつかめていたのだ。その日の前日。就寝準備を調えた後、皆でウルトラマン人形を弄くり回していた。そうしてそれを最後に触ったのが、なにを隠そうこの僕なのだ。
 翌朝から皆に無言で責められているような気がしたのだが、その日に川で怪我をして病院まで運ばれてからはそんな視線は感じなくなった。というより、怪我をしたあまりのショックでそのことをすっかりと忘れていたのだと思う。
 さて、話は戻って7月31日午前4時30分。たたき起こされた僕たちは顔を洗って歯を磨き、朝食の準備を調えるが未だ起床せぬ者2名。アブラと「無敵」。ウルトラマンから一番離れていたために、音が聞こえていないのだろう。そっちのけで準備は進み、結局叩き起こされるまでアブラは起きては来なかった。
 朝食を取った後は、学習に入る。これまでは8時頃に小休止が入り、それまでにレイセン達が軽食を作ってくれている。
 食事、と言えばハラッパラッパ。10日ほど前に帰国したとΧαοσに聞くまでは知らなかった。
 僕や松っつん、レイセンの予想に反してインドで出家はしてこなかった。それだけが残念でならない。僕はてっきりインドで覚えてきて合宿最後に振る舞うというカレーを、大豆ミートで作るのかと思った。肉食は禁止だから。
 そんなことを考えていたからなのかはわからないが、今日の昼食(記憶違いで、あるいは昨日の夕食だったかもしれない)には唐揚げが出た。普通に上手い上手いと食べてみると、2種類ある。味が濃く肉汁のたっぷりとでるものと、淡泊であっさりとしているものと。普通に僕は肉の違いだと思っていたのだが、それを咀嚼していた中1メンバーが不意に「これ、肉じゃないですよね」と呟いた。ご名答。これは大豆ミートの唐揚げだったのだ。
「えぇ~?」と、皆が驚いた。当然だ。僕も何回か大豆ミートを食べたことがあるが、あの焼き肉風の奴は唯の味の付いて汁気がまるでない油揚だ。あんなのとは似ても似つかない。
 でも、結局この唐揚げは余ってしまい、この後のお握りの具は半分以上がこれになっていた気がする。
 それはともあれ、この昼食時の本題は別にある。この昼食では、そうめんといんげん・おくら。そして、青唐辛子の天ぷらが出た(だから、大豆ミートの唐揚げはおそらく昨日。出家していないことを聞いたのがΧαοσがいたときだから、時間も合っている)。
 この青唐辛子の天ぷら。これのせいで、僕の無駄骨折りが一つ増えた。唐辛子と言うことで手を付けなかった皆の前で、レイセンが口にした。それを見た大豆ミートの中1が毒味味見をした。皆が固唾を呑んで見守る中、彼は何度か咀嚼した後飲み込んで、言った。「激辛どころか、ぜんぜん味(辛味)がしない」と。その言葉に自信を得た皆は、唐辛子の天ぷらに箸を延ばし、一斉に口に放り込んだ。
 正直言って、思わず吐き出しそうになった。‘騙された’と、瞬間そう思った。これまで経験したこともないような辛さだったためである。口の中が熱く・痛くなるだけではなく顔面。マスクを付ける鼻からしたまでが耐えきれない熱さになる。当然、口内はそれ以上だ。迷わず水を口に入れたがいっこうに治まらず、前田先生支給の牛乳を口に含み続ける。それが冷たさを失ってしまってから飲み込み、再び起こった熱さを鎮めるために箸を引っ摑んでそうめんをすする。それでも駄目だったため、他のものを喰らおうと箸を延ばした。
 ‘これでもいいのか’頭の中に響き渡る声があった。こんなことで逃げてしまって良いのか、と。辺りを見渡せば、隣の中学生は既に3本を食し、内2本がそこまで辛くないものであったとはいえ、健闘している。レイセンもだ。而るに、僕がここで逃げてしまうのはいかがなものか。
 未だに口の中の痛みは消えない。けれども、30%にかけて(僕やレイセン以外も食べてはいたが、外れを引いたものは他にいない)辛みの全くない「大外れ」を引くことを祈って、口の中の辛みがなくなることを祈って、なるべく大きいものを選んだ。なぜかって?小さい方が味が詰まっていて美味い(カレイ類?)などと聞いたことがあるためだ。ならば大きいものは小さいものよりも辛みが薄くなるだろうと判断して、躊躇わず口に放り込んだ。
 その後、皆がどうなったかは僕の知る由ではない。蒸し暑い密室の中に立てこもって、入ろうとしてきたダイナマイトを大声を出して止め、ようやく腹具合が治ってトイレから出たのは10分後とも30分後ともいうが、時計すら持って入らなかった僕にはその真偽がわかるはずもない。
 この青唐辛子による腹痛は、1時間ほども続いた。当然、楽しみにしていた川へ行くのは欠席。扇風機の前の床に伏せ、扇子で扇ぎながら細雪を読んでいた。
 そのうちすさまじい腹痛が襲ってきたこともあったが、何度か持ちこたえてついに、皆が帰ってきた。青唐辛子を5本も食べ今回の殊勲賞ともいえる中1は、腹を押さえて帰ってきた。川に入った瞬間、腹に激痛がはしったとかなんだとか。僕よりも症状の弱かった彼でそうなるのであれば、もし僕が行ってしまっていたらどうなっていたか。寒気がはしる。
 その後、皆が自由奔放に過ごした後に学習時間が始まった。僕も少し重い腹を抱えながら机へ戻る。今日の課題は中3数学の二次関数。去年の合宿終わりから始めたものの、なかなか難しいこともあってすぐにわからなくなってしまう。この3日間で終わらせてしまうために持ってきたのだが、4時ぐらいになると既に大半は終わっていた。そのため予定を変更して、残りの中3数学全てを終わらせることにする。すなわち相似・円・三角関数。
 そうして5時になると、皆が一斉に立ち上がる。焚き火に火を点けに行くのだ。しかしながら、皆が枯れ草を投入するために火がすぐ消えてしまう。昨日は学習時間中に松っつんがやって来て、火に油(アブラに非ず)を注ぎ込んで一気に着火したのだが、既に松っつんは帰宅し、油も昨日使い切ってしまっている。
 何度も何度もライターで火を点けるが、枯れ草が多すぎて着火する前に火が消えてしまう。何度も何度もやり終えて火が付いたが、それも「霧笛」が枯れ草を大量に放り込んだことによって鎮火してしまう。火が着いたはいいものの、薪がなくてすぐに消えてしまうetc.
 仕方がないので皆でそこらに落ちている枯れ草を集めて火を維持している間に、「無敵」に鋸を取ってきてもらってそこらに倒れている木を切って火にくべる。レイセンが昨日切ったということでまだまだ中心が硬いが、ひたすら切り続ける。そのうち瞼を真っ赤に腫らした「お岩さん」と化したレイセンが登ってきた。まっつんにキンカンを塗られてあげる叫び声は勉強中の皆にとっての格好のネタ及びBGMと化した。
 そんなお岩さんが草を刈っている間に木を何本か切り終わり、いざと思ったその時、急に雨が降り出した。
 仕方がない。先ほどまでに切った木を倉庫に運び込み、珊瑚荘へと戻って夕食まで皆と将棋をした。僕は将棋よりはどちらかといえば囲碁が得意だ。が、ここ半年ほど手を付けておらず、いまどれほど打てるのかは甚だ疑問である。
 雨が降っている間に皆風呂を済ませたため、昨日に比べれば格段に早く就寝時間を迎えた。僕は、明後日帰宅する。それまでに川に入ることは出来るのだろうか。入らなければ、あれだけ重い荷物に水着・ライフジャケットを入れて体積を増やした意味が無くなってしまう。せめて、一回は使いたい。できるだろうか。

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