さいごの一人暮らし
意外と人は荷物を抱えてしまうもんだなと思った。
どこかしら開けるとモノが湧いてくる。
自分は割とミニマリストだと思っていて、必要なモノしか持っていないつもりだったので、その一つ一つにさらに見切りをつけなければならないのは大変だ。
この部屋に来たばかりに百均で細々と揃えてきた収納グッズは、全てゴミ袋に丸め込んだ。振るとたぷたぷ残っているクレンザーや洗剤の替えも、バサバサと突っ込んだ。
白いセラミックの少し黄ばんだ包丁も、ホーローの小さなミルクパンも、IKEAで買ったカッティングボードも。
あまり残してはいけない、そんな気が段々としてきた。
窓を開けると、向かいのパン屋に列ができている。向こうの公園からは子供の声が聞こえる。
なんだか埃っぽい晴れの日だ。
慌てて作業に戻る。
アジアン雑貨で買ったガラスの蓮や、ぐにゃんと曲がるキティちゃんの磁石。緑の玄関ドアに張り付くと、コントラストが綺麗で好きだった。
ビーカーを模したじょうろ。もう枯らしてしまったが、多肉植物に朝水を刺すのが好きだった。
茶渋だらけになってしまった、台湾で買ったパンダ柄の湯飲み。雨の日にひたすらジャスミン茶を飲み続け、布団を肩に被りながらゲームをしていた。
あのミルクパンだって昔から憧れていて、母に買ってもらったのだ。小さくても色々作った。パスタも、カレーも、ポトフも。
あぁだめだ。
この暮らしが気に入っていた。
変わらない毎日が嫌で仕方なかったのに。
孤独に絶えず揺さぶられていたのに。
この部屋に全ての家具を入れ終え、じゃあねと父と母がドアを閉め、この小さな玄関に残された私の姿を思い出す。
真新しい真っ白な家具たちに冷やされた空気に押し潰されそうで、実家から持ってきたクタクタのベッドシーツに顔を埋めたのだ。
あの白さはいまはもうない。
家具達はすっかり馴染みの顔をしている。
そういえばあの日も晴れの日だった。
窓からは光の線が見える。
じゃあね、と呟いてみた。
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