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雨の檻

 潮騒の音で目が覚めた。
 目覚めると、そこは海ではなく寝室だった。しかし、いまだに潮騒が聞こえる。ベッドから起き上がり、カーテンを開けると、鼠色の雲に覆われた街があった。窓ガラスにぶつかる雨粒は、鉄格子のように滑り落ちていく。
 潮騒ではなく雨の音だったと気づき、僕は現実の朝に引き戻される。せっかくの休日なのに、この雨では外に出る気にならない。もし晴れていたら、もし僕に翼があったら、もし僕の気持ちが穏やかだったら、空を飛んでいたのかもしれないのに。
 今日は甘んじて雨の檻に閉じ込められよう。再びベッドにもぐりこんだ。
 目を閉じ、雨音に身を委ねてみる。せせらぎのように優しい音が布団の間から入り込み、僕の身体がすすがれていく。
 つつましい僕の暮らし。ベッドの中で一日中雨の音を聞けるのは、贅沢の一つでもある。
 誰もが敵。そう思い込むことが、僕の生き方だ。おかげで何度も危険を回避することができた。そんな生き方は、時々人を傷つけてしまう。不意に、僕が傷つけた人たちの顔が思い浮かぶ。そして、僕を責め立てる。耳をふさぐ。許しを請う。
 雨は僕を檻に閉じ込めながらも、優しい水流で弱さや狡さを洗い流してくれる。あまりにも心地いいので、再び眠りに落ちていく。

 小鳥のさえずりで目が覚めた。
 目覚めると、そこは確かに僕の部屋だった。雨の音はもう聞こえない。カーテンの隙間から差し込む光は矢印のように伸びていて、僕を誘った。
 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。眩い光が波となって僕を飲み込んだ。
 街を覆っていた鼠色の雲は消えていた。代わりに、七色の橋が生まれている。
 あの橋を渡ったら、すべてが許されているといいな。

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