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焼かれる【掌編】

 ずっと光の当たらない場所にいた。光は輝いていて、温かいことは知っている。だけど、私には、眩しすぎて、熱すぎる。日陰から光を眺めるだけで精一杯。光の端でもいいから少しでも触れたくて手を伸ばしては、指先が熱くなるたびに引っ込める。
 薄暗く湿っぽい場所から、溢れる光の下で笑いあう人々を眺めては羨む。どうして、あなたたちは、光の中でも平気でいられるの。私もそっち側に行きたいのに。
 ある日、気づいた。光の中にいる彼らの足元には影があるということ。影は暗く冷たい。だけど、光の中でも平気そうだ。
「こっちに来たいのかい?」
 影は私に訊ねた。
「行きたい」
「じゃあ来たらいいのに」
「だって眩しくて熱いから」
「以前の僕もそうだったよ」
「今は平気なの?」
 影は何も答えず微笑む。そして、ゆっくりと手招きをした。
 私は日陰から一歩踏み出す。眩しい。あまりにも眩しい光は、私の視界を真っ白にした。熱い。足の爪先が熱を持つ。やっぱり無理そうだ。眩しすぎて前が見えないし、足は熱さで動きそうもない。これまで何度も何度も試して来たけど同じ事だった。今回だって、そう。
 手首にひやりと冷たい感触。何も見えないけれど、影が私を引き寄せているのだとわかった。
 もう一歩。
 足の爪先、踵、足首、ふくらはぎ、熱い何かに飲み込まれて行く。それは熱さから激しい痛みへと変わる。
 叫び声をあげた時、眩しさで遮られていた視力が戻った。目にしたのは緋色の炎。灰色の煙。私の両足を飲み込んでいた。肉を焼いた炎は、喜びで歓声を上げるかのように、火の粉を散らす。
 助けを求めようと私の手首をつかんでいたはずの影を探す。姿は見えない。代わりに見えたのは、手の指先から生まれた炎。炎は大口を開けて私の手を飲み込み、腕、肩まで立ち上った。熱さと痛みで声をあげ、誰でもいいから助けてと手を伸ばす。伸びた手の指先の肉はすでに焼け落ち白い骨。骨の隙間から見えるのは白い光。光。光。正しい光。正しい世界。
 焼け落ちていく私の姿など、誰も気にすることなく、人々は光の中で笑いあう。私は光に焼かれ、灰になり、風に吹かれ空高く舞い上がる。光の下で笑いあう人々よりも高い場所へと向かった。誰よりも光に近い場所だった。

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