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ミスターマスクメロン
僕はメロンが好きだ。味ではなくフォルムが好きだ。
網に覆われた表皮は、何かに囚われた者の悲哀を連想させるし、「T」型のヘタは、この薄汚れた世界への大いなるメッセージなのではと考えさせられる。
奥深い。これほどまでに奥深い果実が他にあるだろうか。
「メロンが好きだと聞きましたので、よかったらお召し上がりください」
ある日、僕は、友人の奥さんからメロンをいただいた。以前、車のタイヤ交換を手伝ったお礼だと言う。
嬉しくて仕方なかったが、人前ではしゃぐのはみっともないと考えている僕は、沸き上がる笑みを堪えつつ
「お気遣いいただきありがとうございます」
何とか、冷静にメロンを頂戴した。
メロンだ。しかも、高級品と知られるマスクメロンである。
大事に抱きかかえ、家に帰ると、僕はメロンを眺めながら、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
さすが高級品である。今までのメロンとは一味違う。気品が溢れている。見惚れていると、メロンから声がした。
「我を食せよ、さらば、汝は戦士とならん」
僕はその言葉に導かれるように立ち上がる。
包丁を手に取る前に、僕には準備があった。メロンを切るときの神聖なる儀式である。
パソコンデスクに鍵のかかった引き出しがある。その引き出しの鍵を開け、取り出したのは、網タイツ。僕はそれを頭からかぶった。
「ふおおおお」
顔の皮膚に食い込むタイツの網目。ほどよい締め付けたまらない。囚われの身であるという感覚が自由への渇望となり、僕に力を与えてくれるのだ。
僕はメロンを抱えキッチンに向かう。そして包丁を手に取り、まずは、メロンのヘタを切り取った。
美しい「T」型のヘタである。大いなるメッセージ。「正しい」の「T」か。「立ち上がれ」の「T」か。「タモリ」の「T」か。
「ふおおおお」
僕は、その「T」型のヘタを冠のように自らの頭上に載せた。すると、ヘタは頭頂部のつむじにピタリとはまったのである。
「うおおおおお」
血が騒ぎ、叫ばずにはいられなかった。
「うおりゃあああ」
次の瞬間、僕はメロンに向かって手刀を振り下ろしていた。真っ二つに割れるメロン。露わになる瑞々しい果肉に、獣のようにむしゃぶりつく。
甘い果実が舌の上で広がり、腹の底に落ちた時、霧が晴れていくような感覚に陥った。自信がみなぎっていく。網タイツに囚われていたとしても、必ずや自由を勝ち取れのだと。
僕は扉を打ち破り、外へ飛び出した。僕、いや、俺だよ、俺。
「俺は、ミスターマスクメロンだああああ」
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