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NHKの関西版ニュース「軍事侵攻 ひぼう中傷・差別…ロシア人に広がる不安」という報道を見て

NHKの関西版ニュースで、「軍事侵攻 ひぼう中傷・差別…ロシア人に広がる不安」という報道があった。

茨城市に住むアレクサンドラ・スぺランスカヤさんは、ロシアに留学していた日本人と結婚し、10年前に来日。翻訳などの仕事をしながら、子育てをしている。

友人も増え、日本人が大好きになったというアレクサンドラさん。今後も日本で暮らし続けたいと思っているという。

しかし、ロシアのウクライナへの軍事侵攻により、SNSで差別・ひぼう中傷を受けるようになったと話す。それも、日本人からである。

「日本にいるロシア人を一人残らず全員調査」、「ロシア人嫌い」、「日本から追い出せ」など、信じられない言葉が書き込まれていた。

国と人を切り離して考えることができない人は多い。もちろんその国で幼少期を過ごしていたら、国民の背景にはその国の文化が根付く。けれど、国の問題で国民を差別することはあまりにも短絡的だと思う。

今、私は考えている。一人一人が正確な価値観を持たなければならないことを。大きなことを言うつもりはない。38歳になった今も悩んで落ち込んで暮らしている人間だ。正解なんてまるでわからない。

けれど、自分が信じたものは、人にまっすぐ伝えるべきだと思う。戦争を始めた国の人々すべてが悪人だと考える人がいるならば、それはとても危険な考えだ。

メディアでは、ロシアの人々が反戦を訴えている様子が報道されている。SNSでもそういった声はどんどん増す一方だ。これを受けて「国=人」と考える人がいなくなると思いたいが、匿名で日本に住むロシア人にひぼう中傷をする人がいるということも、きっと事実で、これからも続いてしまうのではないかと思う。追いつめられると、誰かを傷つけて心の安定を図ろうとする。悲しいけれど、マイノリティに冷たい世界はまだ続く。

今日は、私が経験したことを話したい。

2018年と2019年、夫ともにモスクワに留学したときのことだ。2週間ほどのダンス留学で、尊敬するロシア人のダンスコーチャーのもとでダンスを学んだ。

ロシアに行く前は、正直怖かった。残忍なイメージが強かったのだ。治安の悪さや人の冷たさ。アジア人への差別が強いなど。私はSNSでひどい言葉を投げかけている人たちと同類だったのかもしれない。

それでも、来日したロシア人のコーチャーの人柄が留学への思いを募らせた。「あの先生のもとなら、きっと大丈夫だ」と。

ロシアに到着して、ロシア語がわからない私たちは四苦八苦した。それでも、嫌な感じはなかった。

国民性なのかはわからないが、あまり笑わない。でも話しかけると、にこっと笑った。それは私たちにとって、無理のない、心地いいコミュニケーションだった。

ロシアでお世話になったダンススタジオ

ダンス留学中、ロシア人の選手の力強さや美しさに圧倒された。ダンサーたちは、みんな真面目だった。もくもくと基礎練習を続けていた。

ある日、レッスン中にコーチャーが言った。

「あの子が1人で練習している姿を見ておくといいよ。今後の練習の参考になると思うから」

ロシア人の彼女は、世界選手権でセミファイナルに食い込むアマチュア選手だった。耳にはワイヤレスイヤホンをつけ、ひたすらウォーク(競技ダンスの基本ステップ)を続けていた。

ロシア留学の最終日に、10代のダンサーが話しかけてきた。

「どこの国から来たの?」

「日本だよ」

「いいね、まだ行ったことない。日本で海外の選手が出場する試合はあるのかな」

彼の目には、他国に住む私たちに興味を持っている様子が浮かんでいた。

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宿泊は、キッチン・トイレ共同のドミトリー。ロシアは看板がほとんどなくて、ドミトリーを探すのに一苦労だった。1月の雪空の薄暗い時間である。地図を見ながら同じ場所をぐるぐると回ったが見つからない。

すると、小さな犬を連れたおじさんが私たちを見ていることに気が付く。おじさん一人だったら、怖くて声をかけなかったかもしれない。犬のおかげで、私たちは助けを求めることができた。

「あの、この地図の場所に行きたいのですが見つからないんです」

英語は通じなかった。でも陽気な人で、身振り手振りでなんとなく理解してもらえた。どうやら場所がわかるらしい。少し歩いた先の、薄暗いビル。扉の右側に暗証番号を押すボタンがある。おじさんがそのボタンを押す。

扉の頭上にあるスピーカーから、ロシア語の女性の声が聞こえて、おじいさんはそれに答えた。扉が開き、おじいさんと一緒にエレベーターに乗り込んだ。

3つのキャリーケースでそのエレベーターはぎゅうぎゅうである。私の目の前には犬の顔面がどアップ。おじさんが話しかけてくれるのだが、何を言っているかはわからない。「ジャポネ?」と聞かれたから、たぶんそういうことだろうと、頷いた。

目的地であるマンションの扉に招かれた。おじさんは、そこに泊まっている人だった。にこにこしながら部屋に戻っていった。

部屋の窓から

・ ・ ・

ロシアでは、英語を話せる人は少ない印象を受けた。ロシアのランジェリーショップが素敵すぎて、店員さんにサイズの相談をしようとしたら、「ごめんなさい、英語はあまりわからないの」と残念そうに言われた。それは日本人である私たちも同じだから、なんだか親近感を覚えた。

スーパーでお惣菜の量り売りに挑戦してみた。お店のお兄さんは大きな手で「1?、2?」とサインを出し、私が「2」とピースサインをすると、小さく頷いた。

そういえば地下道を降りる最中、私たちのキャリーケースを階段上まで運んでくれる人がいた。ジェスチャーで、「上にあげるんでしょ。僕がやるよ」と言って運んでくれた。階段を登りきり、私たちが「センキュー」と言うと、少し微笑んで去っていった。

運んでもらったキャリケースには日本食やら洗濯ばさみやらが入っていてるだけなのだが、荷物を取られるのではないかと勘繰った自分が恥ずかしかった。(海外だから、いつも以上に用心深くなっていたと思う)

ライトアップされた街

思いつくままにロシアの人々とのふれあいを書いてみて、思うことがある。

「ロシアに住む人は普通だよ。むしろ、日本人と近い気がしたよ」

ということだ。ロシアは広いからいろんな系統の人がいる。けれど、ほんの一瞬だけ関わった人々は、日本で出会う人と変わりはないように思えた。

カメラの前で、アレクサンドラさんは言っていた。

「私たち(ロシア人とウクライナ人)は子どもの時は同じ本を読んでいたし、同じアニメを見たし、育ちは一緒だったんですよね。だから、家族の中で殺し合いみたいになっている感じですよね……」

アレクサンドラさんは、目に涙をためて悲痛な声で訴えた。

子どもたちもトラブルに巻き込まれるかもしれない。その思いで苦しむアレクサンドラさんは日常が失われることを危惧している。

「ロシアは、国の人(市民)と政治家は別のものですから、一緒にしないでほしい。私たちは戦争したくない。戦いたくない」

「『ご出身はどこですか』と聞かれたら、ロシア出身というのはちょっと怖い」

「子どもたちもいるので、もし差別されたらどうする? もしかしたら、これから日本で生きられなくなるかもしれない。これが怖い」

世の中にはいろんな人がいる。恐ろしい人もいる。けれど、同じ時代に生きている同士なのだから、人の人生を大切に思えばいいのではないか。それは、めぐりめぐって自分に返ってくるんじゃないか。

終わりが見えない戦争に対して、「戦争は嫌だ」と言い続ける人たちと、手をつなぐ必要があると思う。

(記:池田アユリ)






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