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 躁は落ち着かなくさわがしい様子。
 鬱は心にわだかまりがあって晴れ晴れしない様子。

 今日はそれについて自分の歩んできた青年時代を振り返ろうと思ったが、書いていくうち、やはり屁理屈ばかりになるし、うまく思考回路をまとめることもできなかったので、ちょっとずつ書いていこうと思う。

 今日はインターンで、8時間程度zoomを対峙した。実際の企業案件から、そのブランドの製品をどうやって広めていくか施策を考える広告業界の実践的な内容だった。
 消費者の動向や心理状態を考えて、より効果的な施策を生み出そうと私も努力したが……どうにも周囲の意見と一致しない。皆は、誰かが世間一般の動向を言うと皆賛同するが、私だけなんだか蚊帳の外。私が提案した施策に対しても、発言した直後数秒皆が硬直する状態。回線不良かと思うくらいだった。これ以上議論を停滞させてはいけないと判断して、自分から積極的に発言することを控えた。

 自分で何か作り出す業界に行きたいと思って広告業界を目指してみたものの、やはり消費者一般と私の価値観が違うので、これをずっと仕事として続けていくことができるか不安になった。

 じゃあ俺に何ができるんだよオオオ。

 世の中の常識を自分たちで作っていくことにどうしても罪悪感を感じてしまっや。多くの人の思考に刷り込みをし、行動させる。自分の行動が他人に大きな影響を与えてしまうことに申し訳なさを感じてしまう。
 俺にはクリエイターなんてインフルエンサーの象徴たる仕事は向いていないのかもしれない。

 思っていたのと違う。

 こうして躁鬱は大きくなっていく。

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