【小説】第七話 おっさんえんでんべぇで再生か?

7.え?ホラーですか?芋ですか?今ですか?

 皆がかき氷を食べ終えて、明日の予定を話すのかと思えば手書きの地図と住所が載った名刺を渡された。ここで説明するとだけ言われて、結局詳しいことは何も聞けずに店を後にした。

 「...なぁ、匠、打ち合わせするんじゃなかったのか?」

 七海は困惑気味で複雑な顔をしながら、隣の匠を見る。匠の方は全く悪びることなく、澄まし顔だ。

 「まぁ、そこ行けば説明するんじゃねーのか?俺は明日は用事があって一緒には行けねーから、そこにはお前が上司なんだから、責任持って運転して連れて行けよ」

 「あ...あぁ、分かった」

 七海と匠の間に微妙な空気が流れていた所に、後方から巧真がバタバタと七香を引っ張りながら走ってきた。

 「ねぇねぇねぇ!おとーさん!!今ねぇえ、デースキーのホールデマンションやってるだって!!観に行きたい、観に行きたい、観に行きたい!!」

 巧真は匠のアロハシャツをむんずっと掴むと、アロハシャツが伸びてしまうか破れるかというくらい思い切り引っ張り、上下にブンブン振っている。

 「た、巧真、やめなさい!いや、もう帰った方が、な、なぁ?」

 急に狼狽始めた匠は、珍しく縋るような目を七海にする。

 「別に、俺ン家に泊まればいいだろう?それにこんなに一生懸命観たいって言ってんだ、みんなで観ればいいだろ」

 匠はグッと眉を寄せてくっと漏らし複雑な顔をしたままで、じっと七海を見つめているが七海は意図が分かっておらず不思議そうな顔をしている。

 「そーですよ。すごい楽しみにしてたみたいですし、一緒に行きましょうよ」

 七香にまでそう言われ、琉偉を見るが平然としたように頷いているだけである。観念したように、分かったと消え入りそうな声で匠は言い、一同は車に乗って映画館へと向かった。

 秩父に少し前にできたウニトイクラという美味しそうな名前の複合施設に、最近になってユガナイデッドの映画館が併設されてからは、休日ともなると混み合って、今は秩父のちょっとした人気スポットの一つとなっている。

 着いた時間が丁度良い時間で、映画のチケットを買ったらすぐに入れ、一番端に匠、隣に七海、琉偉、巧真、七香という順番で一同は席に着いた。

 CMと映画の予告が流れて終え、バッと薄明かりが消えて、真っ暗からバンと幽霊らしきものが映される。

 「うわぁぁ」

 匠が口を押さえながら小さな悲鳴を上げて、驚いたような少し恐怖に怯えてるように見えた七海は、心配になってトントンと指先で匠の肩を軽く叩く。匠は、じろっと七海を見てから、すっと視線を下へ落とす。

 「おい、大丈夫か?」

 顔を少し近づけて耳元で囁くように聞いた七海に対して、少しムッとした顔で顔を上げた匠は七海を見ている。
 その時だ、その顔を見てふと思い出したのは、匠はホラー系が全く駄目で、心霊現象とかも苦手だということだ。
 高校生以来こうやって一緒に映画を観ることは殆どなくて、今やっと思い出したことに対して匠には悪いことをしたなと、片手を顔を前に出してすまんと声には出さなかった口を動かして軽くぺこりと頭を下げた。

 それから幽霊がマンションの近くのマンホールの穴から何度も急に出てきたりするものだから、匠はその度に怯えたように身体を小さく振るわせ顔を強張らせていた。
 可哀想だなとその度に思い、嫌なら寝てればいいのにと思いながらも、匠はそういう真面目だから寝てやり過ごすなんてできないんだろうなとある意味、馬鹿な奴だと思いつつも忍耐強さに関心していた。

 七海としてはコミカルで迫力あって面白く映画が観れたのだが、匠はげっそりした顔でため息付いていた。
 上映が終わって席を立ち、ゾロゾロと一列に並んで外へ向かって歩き出す。
 前の匠を見ていると珍しく、猫背でしゅんとした感じで呆然とした蒼白な顔が見えて、葬式の参列かと思ったほどだ。
 外に出るや否や、巧真が背後から小走りで匠の背中へ抱きつく。

 「ねーねー、おとーさん!面白かったね!お化けがいっぱいウヨウヨした面白ろマンションで、ガオーッテ変なシルクハットのお化けが主人公食べようとしたら、主人公が足蹴りして踏んづけて穴に落としたところとか、スカッとしたよねぇ!!ね!!」

 興奮したよう巧真に顔を後ろに向けて、薄らと笑みを浮かべた匠は元気なさげに、そうだなと消え入りそうな声で返事を返す。巧真はだよねと嬉しそうで全く気にした様子もなく、匠の横へ来ると手を繋ぎ、思いの丈を匠に話し続けていた。

 「息子の父親って、大変だな」

 七海はぼそっと他人事のように呟いて、七香はそんなに手が掛からなかったと思い出しながら、感心したように匠と巧真の背中を見つめていた。
 前の二人の会話というか巧真の話は尽きることない状態だったが、後の七海達は特に会話もせずにただ二人に着いて行く状態だった。
 このまま車へ乗って帰るのかと思って道を歩いていれば、丁度、ミセスドーナッツが目に入った。前の二人は素通りだったが、確かドーナツが前の二人は好きだったなと思い出し、琉偉にドーナツを買うことを告げて店内へ。
 店内は小さいがおしゃれな感じでカフェっぽく、何かのキャラクターがガラスに貼られていて可愛らしい印象だ。七海は自分の今の姿とは似つかわしくないと少し恥ずかしい感じがしながらも、列に並ぶ。
 ガラス越しのショーケースにはたくさんのカラフルなドーナツや定番の昔ながらのドーナツがあるが、新作のさつまいもドーナツがあり、自分が好きなスイートポテトがあって迷うことなくそれを人数分買った。

 車へ乗り込むとまだ巧真は興奮冷めやらぬのか喋り続けていて、匠はうんうんと返事を返すだけだ。疲れた顔した匠と元気いっぱい巧真、これはそろそろ解放した方がいいなと匠と巧真の前にドーナツが入った袋を差し出す。

 「まーまー、話もいいが、折角だからドーナツ食べないか?」

 「え!ドーナツ!たべぇりゅ!」

 巧真はコロっと切り替わって、ワクワクした目でか紙袋を見ている。

 「よし、巧真はいい子にしてたから、これ先に食べていいぞ!」

 袋の中からドーナツを取り出し差し出すと、巧真は嬉しそうに受け取る。

 「あーがとう!」

 両手にドーナツを持つと一気に頬張って食べ、すっかりドーナツに夢中だ。

 「お前も疲れただろうから、糖分補給しとけ、ほら」

 ドーナツをもう一個取り出し、匠に差し出す。

 「あ...あぁ、すまんな。助かった」

 「いや、俺も助けられなかったからな、お詫びだ」

 七海がボソと小声で言えば、匠は苦笑しゆるゆると首を振って、最後にやんわりと笑ってドーナツを受け取った。
 そして後ろに戻ると、それぞれにドーナツを配って皆で黙々と食べた。

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