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【ショートショート】深夜研究者

『深夜研究』。
そんなタイトルのブログを始めたのは、ただの現実逃避だった。


その頃、仕事をクビになった俺は、再就職先探しに明け暮れていた。
毎日求人サイトを夜明けまで見る日々が続いたある日、息抜きに深夜に散歩に出たのだ。

そこで見た深夜の街は、別世界のようだった。
どこもかしこもしんと静まり返り、まるで世界には自分ひとりしか存在していないかのように思えた。
同時に、立入禁止の場所に入ってしまった時のような、後ろめたくもワクワクするような気持ちがこみ上げる。
それが新鮮で面白くて、俺は子供が探検ごっこをするように街を歩き回り、昼間とは違った表情を見せる道路や、公園の遊具を夢中で写真に収めた。


それからというもの、俺は深夜に散歩するのが日課になった。
そして、そこで撮った写真や、深夜の散歩で感じたことをまとめた文章を『深夜研究』というブログを作って投稿するようになったのだ。

ただの逃避として始めたブログは、予想に反してたくさんの人からの反応をもらった。
ブログを通じて、俺はいろいろな理由で深夜の世界にいる人たちと出会い、何人かはSNSやメールで親しくやりとりをするようにもなった。
それはうまく行かない再就職活動とは反比例するかのようでなんとも皮肉だったが、『深夜研究』を通じて、俺の世界は少しずつ広がっていた。



しばらくそんなことを続けていた時だ。

俺のもとに、一通のメールが届いた。
タイトルには『第一回深夜学会開催のご案内』と書かれている。
差出人は、俺のブログが更新されるたびに感想を送ってくれている人だった。

メールを開いてみると、はじめにこう書かれていた。

『あなたのブログを通じて、私のように深夜にさまざまな想いを持っている人が大勢いるのだと知ることができました。
皆、自分なりの「深夜研究」をしている、いわば「深夜研究者」だと勝手に思っています。

そこで、一度「深夜学会」を開催してみたいのです。

言ってしまえばただのオフ会です。
ですが、やはり研究者が集うのならば学会だろう、ということで、そう銘打ってみました。
第一線の深夜研究者であるあなたには、是非ご参加いただきたいと考えています。以下に詳細を記しましたので、ご検討いただけますようお願いします』


俺は嬉しくて、すぐに二つ返事で出席する旨を返信した。

「深夜学会」、「深夜研究者」。

その言葉を目にした瞬間、自分が意味のある何者かになれたような気がした。
それだけで、この学会に出席する価値は十分にある。そう思ったのだ。



それから2ヶ月後、待ち遠しかった「深夜学会」が開催された。

指定された場所は、小さなホテルの宴会場だ。
会場に入ると、立食パーティーのように料理が盛られた大きなテーブルが中央に置かれていた。
その周りでは、数十人がそれぞれ楽しげに会話している。
正直、10人前後の飲み会みたいなものを想像していたので驚いた。


「あの、もしかして『深夜研究』のブログをやっている方ですか?」

不意に、背後から声をかけられた。
驚いて振り返ると、若い女性が立っている。

「あ、はい、そうです……けど」

「私、あなたのブログをいつも読んでいて、私が夜に思っていることを全部言葉にしてくれているのが本当に嬉しくて、……あ、すみません早口で喋って。私、『ドライバーのトラちゃん』です」

「えっ、トラちゃんさん!? いつもブログにコメントをくれている? すみません僕、てっきり男性の方かと……」

「いえ、いいんです。男っぽいってよく言われます」

そんな会話をしているうちに、俺の周りに続々と人が集まってきた。

「あなたがあのブログの管理人さんですか」
「いつも楽しみにしてます」
「私は田舎の深夜を研究することにしました! いいですよー田舎の深夜は。いるのは野生動物ばかり! 最高ですよ!」
「ブログの更新、これからも頑張ってくださいね」
「僕、あなたの写真に影響されて、カメラ買っちゃいました。今は長時間露光撮影にハマってて。よかったら写真、見てもらえませんか?」

皆が、次々に俺に向かって嬉しそうに、楽しそうに話しかけてくる。

不覚にも、俺は泣きそうになった。
人から直接もらう言葉は、ブログのコメントよりもさらに温かく感じたからだ。
昼間はうまく行かないことばかりで、自分の居場所なんか見つからないけれど、夜にはこんなに素晴らしい人たちがいて、俺が認められる居場所があるなんて。

そうだ。彼に、この深夜学会を開催してくれたあの人にお礼を言わなくては。
そういえば、これだけ人が集まってきているのに、彼らしき人物は見当たらない。

後で見つけて、必ずお礼を言おう。
そして、同じ深夜研究者として、語りたいことが山ほどあるのだ。



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「どうだ、様子は」

「51人……ですかね」

「ここにいる全員、昼間の生活を送れずに深夜に活動する人間、というわけか」

「はい。深夜勤務者や自営業の者もいるようですが、大半は直近数ヶ月、長い者では数年に渡って社会活動や労働の実績がありません。『深夜研究者』、『深夜学会』。そんな言葉で定義してやっただけで、よくもまあ、こんなに集まったものです」

「顔認証からの身元特定は済んだか」

「たった今完了しました。……それにしても、昼間の生活を送れない人間をリスト化して、どうするつもりなんでしょうか」

「やめておけ。我々の仕事は情報を集めることだ。それを使って何かを考えたり、決定したりする権限は持っていない。さあ、モニタリングを交代しよう。そろそろ主催者の顔を見せてやったほうがいい。『深夜学会』、とやらのな」

「了解しました。では、行ってきます」



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