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[小説] 君と傷心オーディション 1

episode A 二次選考・静岡


女優は相手役に恋をするんだ。悠斗と別れそうな結衣はオーディションで主演女優の座を勝ち取り、相手役と恋をしようとする。オーディションのライバルであるどこか不思議な少女に、結衣は悠斗を重ねてしまって──?

065/きみとしょうしんオーディション
2020年11月29日完/四百字詰原稿用紙18枚


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 女優は相手役に恋をするものらしいから、もう恋人を失うのが間違いないなら、私には次がいるんだと心に念じよう。悠斗ゆうとの前で泣かずにすむ。そしてオーディションで主演女優の座を勝ち取るのだ。主演といっても自分と同じ十四歳の役だけど、今日は二次選考の面接が今まさに始まろうとしている。
森土もりど結衣ゆいです、よろしくお願いします」
 プロダクション所属の私には初めての経験ではないが、オーディションで緊張しないといったらうそになる。ドアをノックする前からこぶしを強く握っていた私は、写真で見慣れた中年の男性監督の顔に意外とほっとした。
「森土結衣さん、初めましてですね。映画『ほしのイノセント』主演オーディションへようこそ。今日は緊張せずに、というか素のあなたを引き出せなきゃ困っちゃうので、リラックスリラックスね!」
 口ひげを生やした彼は私のプロフィールを眺め、「得意科目は社会か。地理はどう?」とわくわくの顔で訊いてきた。私はそれが映画に関係あるとは思えず首をかしげそうになるも、今は選考の場である。
「日本地理ならだいじょ……じっ、自信があります」
「おおっ、それは頼もしい。よく地図を見ておくといいね。この静岡なんかはね、本当にいい」
 監督が満面の笑みを浮かべ、隣の女性スタッフが軽く吹き出した。私は千葉在住で、川を渡った東京ならすぐ近くなのに、十四歳に見える数十人の女の子が集められた先は静岡だった。
 帰り道、私は静岡駅でもっとあとの新幹線にしようと決め、戦国時代が好きな悠斗なら喜んだかなと思いつつ緑豊かな駿府城公園を訪れた。城といっても期待した天守閣はなく、富士山もどよどよの雲の向こうで見えなかったけど、実は台本に熱中せず顔を上げていれば富士山だけは新幹線から楽しめたらしい。誰か教えてくれれば良かったのに。
 不思議なことに、静岡に限らずオーディションは「すべて旅行先で行う」とされている。応募書類は東京の渋谷に送ったわけで、さすがに一次選考の書類審査くらい東京ですませるのかと思ったら、先週新潟で応募書類の山に囲まれていると監督のブログに書かれていた。彼の出身地や制作拠点ではないというから謎である。

          *

「結衣、ちょっといいか?」
 二日経った午後、暗い昇降口で呼び止められた。声変わりで低くなって以来、私は悠斗の声が苦痛だった。いや、彼が嫌いになったから声にも耐えられないのかもしれない。振り返った私は彼の膝より上を見られなくなる。
「わかってんだろうけど、終わりにしようぜ」
 ああ来た、この瞬間が。転校生だった彼の緊張をほぐそうと、「同じ『ゆ』から始まる名前だね」と話しかけたのがきっかけの恋。交友関係が広がれば彼が目移りするのはその性格から間違いなかった。今この人は、いったい何人と「つきあって」いるのだろう。
「──わ、私がわかってるから省略できるとかじゃなくて、最後くらい、正直な悠斗の気持ちを一からちゃんと説明して」
「はあ? 面倒くさい奴だなあ……。嫌い、それだけ」
 私は最後まで顔を上げられず、独り残されたら白い靴に雫が落ちるのが見えた。次がいるから泣かないんじゃなかった? いつの間にか面接以上に強く握っていたこぶしが痛く、開いたら赤い血があふれそうに思えてくる。
 でも私はこの痛みを胸に刻み、オーディションで主演女優の座を勝ち取ってやる。いかなる不幸も演技の〝かて〟にしてこそ女優なのだから。しかし涙はいつまで経っても止まらない、美化された二人の思い出をただただ振り返るばかり。早くしないと他の生徒がやってくるにもかかわらず、私は最初の一歩も踏み出せなかった。


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読んでいただきありがとうございます。
さて、一次選考の書類審査は新潟、二次選考の面接は静岡でしたね。静岡には何度も行っていますが(親戚がいます)、新潟には地図でしか行ったことないんですよねえ。羽越本線が新潟駅を通ってないのが面白いです。
それでは、続きを楽しみにしててくださ〜い♪

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