人間ババ抜き【ショートショート886字】

青年の趣味は「人間ババ抜き」だ。そう言うと怪訝に思う人もいるかもしれないが、何のことはない、人間観察の延長のようなものだ。

青年には行きつけの喫茶店がある。この喫茶店がちょっと洒落ていて、一階席を見渡せる半二階のラウンジ席のようなものがある。ここが青年の定位置だ。

青年は今日も仕事終わりにこの喫茶店に立ち寄った。今日も仕事で上司にこっぴどく絞られた。一人暮らしの家に帰る前に、ここで気分転換をしようと思ったのである。

ホットコーヒーを頼み、一息つくと、青年は「人間ババ抜き」を始める。ルールは簡単だ。一階席の客を二人一組にしていく、それだけだ。ただし、組にできるのは似ている客同士だけだ。例えば、スーツを着た若手サラリーマン、品の良さそうなマダム、イケイケの女子大生…といったように、似ている客を組にする。最後に残ったのが「ババ」ということになる。この「ババ」の数を少なくすべく、青年は日々ゲームに興じているのである。

喫茶店というのは面白いもので、一緒のテーブルに座っているのは似たもの同士が多い。30代ママらしき客のグループで早速三組が出来上がる。女子大生も一組。体型が違いすぎるけど、まぁおまけでいいことにしよう。幸先が良い。

一人で本を読んでいるキャリアウーマンは…あっちのキャリアウーマンと組だ。こっちのうだつの上がらなそうな中年サラリーマンとあっちのサラリーマンが組、と。それにしても仕事できなさそうな感じの奴らだよな、と青年は心の中で毒づく。ああはなりたくないな。

この日は組分けがとてもうまく行き、最後に一人の男性を残すのみとなった。こいつさえいなければ上がりだったのにと青年は悔しくなる。その男性が「ババ」ということでゲームは終わりとなったが、少々気になってその男性を観察する。

ぼさぼさで伸び過ぎな黒髪に、シワの入ったいかにも安そうなスーツ。足はひっきりなしに貧乏ゆすりだ。そして、他の客を眺めて一人ニヤニヤしている。気持ち悪い奴だ。

その男性はこちらの視線に気がついたのか、青年に向かってフッと顔を上げた。その顔を見て青年はギクリとした。それは青年自身の顔だった。

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