結婚式【ショートショート819字】

「それでは、新郎新婦の入場です!」

披露宴会場に司会者の声が響く。出席者たちは一斉に入り口に視線を向け、熱心に拍手する。一見幸せに満ち溢れた風景だが、そこには様々な思いが渦巻いていることを私は知っている。かく言う私も、緊張のあまり鮮やかな花柄の衣装をぎゅっと掴む。

先程ロビーで女性陣のこんな会話を耳にした。

「佐藤くんの奥さん、ぶっちゃけ微妙じゃない?」
「あ、それちょっと思った。」
「佐藤くん、うちら同期の中で一番イケメンなのにねー。もったいなーい。」
「うちらはちょっと釣り合わないにしても、麻美とかさー、もうちょっとお似合いな人いるじゃんね。」
「そう言えば麻美今日来てなくない?」
「佐藤くん結婚しちゃうのショックで来れなかったって噂だよー。」

新郎がモテるのは周知の事実だ。俳優かモデルかと見紛うようなルックスで、道行く人が振り返るのを私も何度も目撃している。彼女たちだってみんなの前ではああやって言うけれど、自分たち自身もあわよくばと狙っていた口だろう。

それでも確実に言えるのは、彼のことを一番長く愛しているのは私だということだ。そう、新婦よりも。

私はずっと彼のことが好きだ。見た目だけじゃない、責任感のある頑張り屋さんなことも、人のことを気遣える優しい人なことも知っている。

残業で疲れている時は夜食を差し入れした。毎日LINEも送った。最近ではちょっと嫌な顔をされたり、無視されることも多いけれど、心の中では喜んでいることを私は知っている。

「…それではお願いいたします。」
と司会者に振られてハッとする。私の出番だ。みんな私に注目している。もちろん新婦も聞いている。何度も脳内でシミュレーションしてきたあの台詞を言うときが来た。私は息を吸い込んだ。

「本日はみなさんご列席いただき、ありがとうございます。5年前に他界した主人に代わりまして、私がご挨拶を…」

愛する息子よ、どうか幸せに。そう願ったら、感極まってひと粒の涙が花柄の黒留袖に落ちた。

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