お好み焼き屋A ~おだし3段活用の1段目|エッセイ(全文無料)
たとえば、お好み焼き屋へ行った。
かつて近所の商店街にお好み焼き屋があって、めしどきにはいつも並んでいて、気になっていた。私はあの頃、行列に対してほんの少し積極的で、本当なら並んでまで食べたいものなんかないよ、と思ってしまうところだが、その店が気になって、とうとう並ぶと決意した。
当時、私はあの土地に移りたてで、どんなうまいものがあるかと鼻息荒く、日々目を皿のようにしてうまそうな食いものを探していたのだ。長年培ってきた食い意地で、独自の勘を働かせ、ネットの口コミ情報をも参照しながら、うまそうなものを探していた。いま思えばあれほどむきになることもなかろうと思う一方で、収穫の大きさもひときわだった。あんなに自分の食い意地と向き合った時期はほかになかった。
さて、ある休日の昼前。
このお好み焼き屋の行列を避けるために、開店の少し前に行ってみた。これが功を奏して、わずか数人しか並んでいなかった。チャンス! さっそく並んだ。
開店したら席に通された。席はすべてボックスになっていた。背もたれが座面に対して直角になっている感じで、何だか座りにくい…などと思っていたら、注文を聞きに来た。ぶたもちを注文した。
ここは店が客席の鉄板で焼いてくれるスタイルのようで、よかった、私は自分で焼くのが苦手だったから。店員が生地をかき混ぜながら
「こうしてよく混ぜると、返すときに失敗しにくいですよ」
などとやさしく教えてくれる。
私はビールを注ぎながら相づちを打つ。
鉄板に生地を乗せると、じゅわーーーーーなんといいにおい、このにおいだけでビールがすすんじゃいますね! 着てるシャツがすぐお好み焼きになったけど、いいよ、ビールがすすんじゃいますよね!
あとは店の方で時間を管理しているのか、知らんけど、色んな店員が代わるがわる、私のお好み焼きの裏を見たり、裏っかえしたり。中には片手で皿をさげながら空いた手で返していく鮮やかな人もいたりした。
焼き上がった。
はい、どうぞ。
食べてみると、こんなにうまいお好み焼きは生まれてこの方食べたことがなかった。こりゃあ並ぶ甲斐もあるわ。
それに数ある行列のお好み焼き屋の中から、まずここを選んで、行列チャレンジをした私、さすがいい勘してる。だてに食い意地が張っているわけではないのだ。
食べ始めて、食べ終わって、退店するまでの間は覚えていない。
この時はこれ以上の特別な感想は持たなかった。
ただ、うまかったなあというだけだった。
しかし、後になって思い返すに、これが私のおだし3段活用の1段目だった。じゅわーーーーーなんといいにおい!の正体はおだしだった。並ぶのが大嫌いな私に並ぶ甲斐があるとまで思わしめたのはおだしだった。
おだしの旅は続く。今日はこれまで。
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