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白紙の宿題

5月6日まで休校が決まった学校。
昨日はお便りと新しい宿題をとりに学校へ行った。
「今回はお子さんも一緒に来てください」だったんだけど、
4年生くうちゃん、1年生ちーぼーは行く気ゼロ。
そんなわけで「一緒に学校行きたい」と言う3歳のねっちを連れて行ってきた。

今まで出された2回分の宿題を持って行ったけど、
1回目の宿題は数字つなぎと迷路はやったものの、
塗り絵と変なおじさんの顔のページはやらなかった(笑)
2回目の宿題は興味なし。全部白紙。
そのまま提出してきました。

ホントは、ちーぼーと一緒に行ってここは嫌だったからやらなかったとか、
今こんなことに興味あるとか、説明しながら出して来れればよかったなとは思うけど。
担任の先生はいなかったし、話す感じでもなかったし、まあいっか。

でも、これ、事前に担任の先生には懇談で話してありました。
・宿題に関して、親としても与えられた宿題を必ずやるべきものだとは
思っていないこと。
・先生がどうして今この宿題をやってほしいと思ったのか、
やらないとどうなるのか、
それを本人にも話をして、その上で本人が納得した上でやるにしたい。
・宿題ひとつとっても、他の行動に関しても
色んな要素を説明したうえで、自分の意志で決める、
それを大事にしていきたいと思っている。
こんなことを伝えてありました。

くうちゃんの発達過程を見ていて、学校制度に関してもだけど、
宿題に関しても疑問があったんです。
なんでみんな違うのに、全員同じ内容、同じ量の宿題を与えられるのか。
私が子どもだったときは、宿題はやるべきものって認識してたから、
最初は「宿題はやらなきゃいけないものだよ。
今イヤでも、繰り返しやっていくうちに
自分の力にもなるし、期限を守って提出するとか、
そういうことも将来仕事するように
なったら必要になるから」
そんな説明をくうちゃんにしていたと思います。
でも、宿題を一緒にやっていくと、
どうしたってくうちゃんには無理がある。
負担でしかなかったと思う。
苦しく勉強して、無理やりやらされて、なんの意味があるんだろう。
そんな疑問を持っていました。

発達検査を受けて、宿題の量は減らした方がいい。
書く、読むという苦手なことに時間を費やしていくと自己肯定感が下がって
持ち前のワーキングメモリの多さが発揮できなくなる。
だから今は書かせなくていい。代読すればいい。
そんな風に言われて、ほっとしたのを覚えています。

そして不登校になってから学校のことをよく考えるようになった。
言われたことが卒なくこなせるより、
自分の意志で、自分で決めて、
自分の内側の動機から動けるようになってほしい。
赤ちゃんの時みたいに、見るもの全てが新鮮で、探求心の塊で、
遊ぶみたいに学んでいってほしい。
遊びと学びと生活が切り離されたような、机の上の勉強ができても、
しかもそれがやらされていたものなら本当に自分のものにはならない。

私自身、センター試験も受けて受験のつらさを経験してきているので、
最初は勉強だけはできた方が
将来の選択肢が広がるって気持ちも強かったけど、
受験勉強的なものに役立つ勉強は
全員が必要ではないと思うようになったし、
やりたいときがやり時だと思うようになりました。

そして、やりたいときに集中してやる力は子どもたちは持っている。
そこがわかってるから、今やりたくないことに時間を費やすことはない。
そんな風に思っています。

文科省から言われている学校の先生がこなさなきゃいけない時間数。
時間で何が図れるのかな。
理解にかかる時間だって人それぞれだし。
なんでみんな同じように同じ時間やらなきゃいけないのかな。
そこに振り回される学校の先生も、本当に大変だなって思う。

みんなそれぞれの立場でがんばってる。
がんばってる人達に、元気のパワーを送る。
感謝の気持ちを送る。ちょっとしたあいさつと、笑顔を送る。
世の中の動きは難しいことが多くてよくわからないけど、
日々私ができること、それくらいかな。

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いつもありがとうです。
ほわわん💕

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3児の母。長男の自閉症、不登校を通して子供から自分を生きることを学びました。2018年10月、夫も仕事もやめて自宅で開業。子供が学校へ行かないを選択して2年。「学校教育が子供中心のものになるようにしたい」「地域全体を学校にしたい!」そんな想いで地道に活動を始めています。
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