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これが私…ではなかった話

私にとって、人混みはいつだって歩きにくかった。
まるで私など存在していないかのように、目の前を横切る人、真正面から近づいてくる人がいるから。
そのたびに、私は立ち止まり、横にそれ、行きたい方へ真っすぐ進めた試しがない。

夫は、いつだって行きたい方へ真っ直ぐ進んでいく。その背中を追いかけながら、自分との違いにため息が出る。
私が真っすぐ進めないのは、存在感が薄いから。
周りの人の目にうつらない、いないことにされてしまう。
自分はそういう人間なんだ。
仕方ない。
そんな自分に対する諦めを壊してくれたのが、東洋医学だった。

東洋医学に初めて触れたのは、私が抗がん剤の副作用でぼろぼろになっているときだった。
「こうなるはず」というデータに基づいて話をする医師と、実際に「こう感じている」という話がしたい私の会話は、すれ違い、交わるところが少なかった。
そのやり取りに疲れ切った私は、西洋医学とは違う何かを求めて、東洋医学の講座に参加した。

最初に受けた講座は、「氣」の話。
講師の「氣って何なの?怪しい~って、思うと思いますが」という一言から講座は始まった。

「人には栄気えいきという体内を巡る氣と、衛気えきという体の外を覆う氣の二つがあります。衛気えきが薄くなると、人から認知されなくなって、人混みでやたらぶつかるようになるのね」

「・・・!?」

「それから栄気えいきが足りないと、体の働きがうまくいかなくなって、病気になったりするの」
まるで自分のことをいわれているようだった。
私には氣が足りていない。
氣というものの影響を、初めて意識した瞬間だった。

「氣は、食事と呼吸から作られます」
その言葉を聞いて、私は氣が足りなくなった理由に心当たりがあり過ぎた。
私はもともと胃腸が弱く、お腹は緩いのが普通だった。消化に時間がかかるためか空腹を感じにくく、しばしば食事を忘れることがあった。つまり摂取する量も少ないし、きちんと吸収することもできていない。
しかも呼吸は浅く、深呼吸すら上手くできなかった。
これでは満足に氣を作り出すことはできないというのは、特に知識のない私にもわかった。

栄気えいきという体の内側を流れる氣が十分あって初めて、衛気えきという外側を流れる氣になるんです」
つまり病気になっている時点で、私の衛気えきは薄いということになる。

衛気えきは、外側からの刺激や風邪などの病気から守ってくれていて、それは人に対しても同じように作用します。衛気えきがペラペラだと防御してないのと同じなので、悪い奴が氣を奪ってやろうと集まってくるし、意地の悪い人からはやりたい放題にできると標的にされてしまいます」
講師が、さも面白いことのように付け加える。
「何だかわからないけど嫌われるとか、どこに行っても意地悪されるなんていうのは、このタイプね」

「ああ、そうですか」と私は心の中でつぶやいた。
私は、紛れもなく“そのタイプ”です。
会うと身も心も消耗するような、妙に圧の強い人に好かれるのも、出会った一瞬で何を読み取ったのかと空恐ろしくなるほどに嫌われるのも、わざわざ時間をかけて手間をかけて、鬱陶しく絡んでくる人が現れるのも、全て私が“そのタイプ”だからということなんですね。

「そうですか、そうですか」と、そのまま消え入りたくなった私の耳に、
「だからね。別にそれはあなたのせいじゃないんですよ」
と講師の明るい声が響いた。
「あなたが、そういう人というわけじゃない。氣がそういう状態だというだけなんです」

え?
何だかわからないけど、激しく好かれたり、嫌われたり。
私の何が気に入らないのと、叫びたくなるような嫌がらせを受けるのも、私がこういう人間だからとかではなく、ただの“氣のせい”って、そうおっしゃってます?

「ちょっと何言ってるかわからないかも」頭を抱える私の耳に、能天気な声が続く。

「だから氣を増やすことをすればいいんですよ~」

そんなこと、他人事だから簡単にいえるのだと思った。半ば呆れながら顔を上げると、私の心中など「お見通し」と言わんばかりの、笑みを浮かべた講師と目が合った。

つまり“私はこういう人”であると、自分が考える性格や性質は、氣の状態によって一時的にそうなっているだけだから、氣を増やしさえすれば、うんざりするような”これが私”が、あら不思議、いい感じの”じゃない私”になれるってこと・・・ですか?

「そんな都合のいい話あります?」
「というか、胃弱も呼吸が浅いのも、子供の頃からですよ。」
「この年齢で、今さら何をどう変えたら、若い頃より気が増えるとおっしゃる?」
反論が、頭の中を駆け巡る。

“氣のせい説”を飲み込めない頭に反して、私の心は無責任にも浮き立っていた。

「そんな簡単に変われるわけがない」
嬉しくなってる気持ちに、頭が慌てて釘を刺す。

普段ならここでスッと冷める気持ちが、一向におさまらない。
だって”これが私”じゃないというのなら、“本当の私”はどんな人間なのだろう?
知りたい!
知りたくてたまらない!!
頭の声を一瞬でかき消してしまうような、心の声だった。

私は、東洋医学を学び、氣を増やしていくと決めた。
何の根拠もないのに、なぜかできる気がした。
こんなに心が浮き立つのは、いつ以来だろう。
何の役にも立たない、誰からも必要とされない、
“本当の私”を知りたいという願いを、
ただ自分のために叶えようと決めた。

私の内側に堰き止められていた何かが、カラダの深いところから、息と一緒に細く長く吐き出されていった。
固く強張っていたカラダが、柔らかく解けるのを感じる。
私を包む空気まで、ふわりと和らいだ気がした。

帰り道、新宿駅の雑踏の中を、私は頭をしっかり上げて歩いていた。
いつでも避けられるよう人の流れに意識を向けるのではなく、自分の行きたいところへ、しっかりと視線を向けて歩く。
たったそれだけのことで、目の前に道が生まれた。
誰にも邪魔されず、誰の邪魔にもならないルート。

行きたいところへ、生きたい方へ。

人の許可を待つ人生から、自分が許可を出す人生に、この日私は舵を切ったのかもしれない。

次の講座で、人混みが歩きやすくなった話をすると、
「素直というか、気が早いというか」と講師が笑った。
嫌な笑いではなかった。
ただ自分の単純さが恥ずかしく、頬が熱くなった。

頭の声が「単純でバカっぽいってことだね」と意地悪くささやいてくる。
それを聞いても、以前のように「こんなの私じゃない」と反発する気持ちは起こらなかった。
それよりもその意地悪な声は、私に「自分がとんでもなく疑り深い人間である」ことを思い出させた。つまり「バカみたいに単純だけど、疑り深い私」という“私”が出現したのだった。

結局のところ、“これが私”なんて決めたところで、自分の中には、”あんな私”も”こんな私”も、”そんな私”だっているってことだ。

気が付けば、人前で笑われるなんて耐えられないはずの私が、みんなと一緒に笑っていた。
くすぐったいような気持ちが湧き上がる。
”この私”は結構好きかも、そう思ったのだった。

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