超短編小説|非常ベルが鳴ったとき。
非常ベルが鳴り始めたとき、僕たちは算数の授業を受けていた。先生は素早くチョークを置き、僕たちに指示を出した。
「この学校で火事が起こりました。みんな、落ち着いて」
クラスメイトたちは、初めての出来事に取り乱していた。周りを見回すと、男の子たちは「火事だー」と叫んでいるし、突然の出来事に怯え、泣いている女の子もいた。それから地震と勘違いして、机の下に隠れている友達もいた。
しばらくして、先生は「みんな。ハンカチを出して、口に当てなさい」と言った。先生の指示通り、僕たちはハンカチを取り出した。そして、列に並んで順番に教室を出て行った。
渡り廊下を歩いていたとき、運動場の近くで煙がもくもくと立ち昇っているのが見えた。
僕たちに緊張が走った。
教室でふざけ合っていた男の子達もさすがにヤバいと感じたのか、顔が真っ青になっていた。僕たちはハンカチで口を押さえて、早歩きで階段を降りていった。
列からは一切の私語が消え、静寂がつづいていた。まるでそれは、僕たちの声が火事の煙に吸い込まれたみたいだった。これまで受けてきたどんな避難訓練よりも恐怖に満ちていた。訓練と本番とでは、こんなにも違うのだと僕は実感した。
僕たちは上履きのまま、外へ出た。運動場目指して走っていった。
運動場に着いたとき、僕は異変に気づいた。それは、燃えている建物がどこにも無いことだった。僕たちが見ていた立ち昇る煙は確かにあったが、火事のそれではなかった。運動場の真ん中で、不自然に燃えた形跡があるだけだった。すでに鎮火されていたし、全校生徒を呼び出すほどの大きなものではなかった。
僕たちは運動場の地面に座っていると、マイクを持った校長先生が朝礼台に上がっていった。
「みんな。実は今日は、避難訓練でした。いつもよりも真剣に取り組んでほしいから、先生たちは黙っていました。驚かして、本当にすまなかった」
校長先生は、真実を伝えた。
その瞬間、クラスメイトたちは失った声を取り戻したかのように、騒ぎ立てた。安堵から泣き出してしまった友達もいた。
運動場の不自然な煙は、もくもくと立ち昇っていた。煙は真っ青な空に吸い込まれていき、やがて雲になっていった。僕は、ただそれをじっと見ていた。とても晴れた日だった。
〈了〉
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