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プレゼントは、決して贅沢とは言えなかった。 とても大きな箱に入っていたから、中身を見るまでは、期待に胸を膨らませていた。僕は「勝った!」と心の中でガッツポーズをした。けれど、包み紙を剥がし箱を開けたとき、僕の期待は紙飛行機のごとく急降下した。 箱の中身は、本だった。 大きな段ボールには、ぎっしりと詰め込まれた何十冊もの本が息を潜めていた。ふだん本なんてほとんど読まない僕にとって、そのプレゼントは苦痛だった。 試しに一冊手にとって、パラパラとめくってみても、難しい漢字
父は、魔法使いだった。 その言葉の通り、父はマントを羽織っていた。いつも僕の寝ている時間に帰ってきた。父が他の人にはできない仕事を任されていることも、魔法の力で多くの人々を救っていることも、僕は密かに知っていた。 けれど、不可思議な点はあった。 それは、父のマントが絵本に出てくる物とは、少し異なる色をしていることだった。絵本に出てくる魔法使いは、黒のマントを羽織っていた。けれど父の場合、それは白のマントだった。 母は毎晩、僕に絵本を読んでくれた。僕が眠りにつくまでの
あいさつを返されなかったのは、商店街の裏通りにある和菓子屋さんの前を過ぎたときだった。そんなことは、初めてだった。わたしは怒りを抑えきれずにいた。 「あなた達は、なんであいさつを返さないの?」 わたしは不機嫌そうに質問をすると、彼らは一言も発さず、不思議そうな目つきでわたしの顔を覗き込んだ。 わたしは戸惑ってしまい、皮肉まじりに「ねぇ、あいさつって知ってますか?」と訊いた。すると彼らの一人が少し考え込んでから、「あいさつって何ですか?」と返した。あきれた。
非常ベルが鳴り始めたとき、僕たちは算数の授業を受けていた。先生は素早くチョークを置き、僕たちに指示を出した。 「この学校で火事が起こりました。みんな、落ち着いて」 クラスメイトたちは、初めての出来事に取り乱していた。周りを見回すと、男の子たちは「火事だー」と叫んでいるし、突然の出来事に怯え、泣いている女の子もいた。それから地震と勘違いして、机の下に隠れている友達もいた。 しばらくして、先生は「みんな。ハンカチを出して、口に当てなさい」と言った。先生の指示通り、
いい? そんなことばかりしていると、いつか透明人間になるわよ。透明人間になると、みんなとおしゃべりできなくなるわ。外で鬼ごっことか、かくれんぼとか、とにかくみんなで遊ぶ楽しいことはできなくなるのよ。 母は昔、そんなことを言っていた。 幼かったわたしにとって、母の言っている言葉の意味なんて、まるで分からなかった。けれど母がわたしを叱るとき、いつもこの決まり文句を唱えていたことだけは、今でも鮮明に覚えている。 それから何年か経って、わたしは中学生になった。学校生活は決し
僕は石を積み上げていた。 それは、大きな石を大きな石の上にひたすら積み上げていく、緻密な作業だった。金槌でトントンと叩きながら手作業で形を整えて、石を積み上げていく。 石を積み上げる動機や目的はさっぱり分からなかった。大きな報酬が得られそうな作業でもなかった。それでも、僕の手は忙しなく動きつづけていた。 今すぐ投げ出したいくらい嫌ではなかったし、むしろ完成していく石積みを見るのは好きだった。僕はこれをつづけていくうちに、誰かに自分の石積みを見てもらいたいと思うように
僕が未来人にはじめて会ったのは、下校時の靴箱だった。僕は自分のシューズの片方だけないことに気づいて、辺りを探していたときに彼は現れた。 未来人はなぜか僕のシューズの片方を持って、僕の目の前に立っていた。彼は「どうぞ」と言って、靴を渡してくれた。僕は「ありがとう」とお礼を言った。 その日、僕は未来人と一緒に帰った。 未来人は雨靴を履いていた。僕が「なんで雨靴なの?」と聞くと、彼は間髪入れずに「もうすぐ雨が降るから」と答えた。まもなく雨が降ってきた。 それからも、彼
「世界中の人と会話ができるアプリです」 ネットサーフィンをしていると、わたしはそんな文言のバナー広告を見つけた。広告をクリックすると、すぐに公式サイトへ飛んだ。 公式サイトには、「リアルタイム翻訳機能で、海外の人とかんたんトーク」と書かれていた。すごく魅力的なアプリだ。しかも、最近、アプリの会員は100万人を突破したらしい。ミーハーなわたしは、それが欲しくてたまらなくなった。 アプリの会員登録を済ますと、会員ページが表示された。とてもシンプルなデザインで、いつ
「25年前の宝の地図が見つかったぞ」 昨晩、父からそのことを聞かされて、僕は期待に胸を躍らせていた。なかなか眠りにつけなかった。遠足の前日の夜よりも、クリスマス前日の夜よりも、それはずっと興奮した。 そこには、どんなお宝が眠っているのだろう。きっと、地図を頼りに穴を掘ったら宝箱が出てきて、そこにはキラキラと輝く宝石とか金貨が入っているのだろう。僕の妄想はどんどん膨らんでいった。 結局、僕は一睡もしないもまま朝を迎えた。僕はスコップを持って、父は大きなシャベ
ぼくが1才ときのお話です。 得体の知れない何者かがぼくをつけていました。それは触ろうとしても通りぬけてしまい、つかむことができませんでした。近所の公園に遊びへ歩いて向かうあいだも、砂遊びをしている最中も、それはつねにぼくの側にいました。 家に帰ろうと思ったとき、それが少し大きくなったことに気づきました。ぼくはだんだん怖くなってきました。ぼくは全速力で走りました。それでも、それはぼくをずっと追いかけていました。追い抜くでもなく、ぴたりと僕にくっついて、ずっとついて来るので
人間にそっくりのロボットを買ってから、3年が経った。いわゆる人工知能というもので、姿かたちだけでなく、話し方や考え方まで人間そのものだった。 ロボットの年齢は25才くらいで、背がものすごく高かった。だから、彼と話すとき、わたしはいつも見上げていた。彼はロボットの癖にとても不器用で、掃除や洗濯が苦手だった。けれど、重い荷物を運ぶときに手伝ってくれるのは、男性ロボットを選んで良かったと今は思っている。 人工知能は、どこまでも人間に近かった。 「それがこの商品のセールスポ
わたしが初めて白紙の小説を見たとき、びっくりして言葉も出ませんでした。だって、あまりにも可笑しいんですもの。 少女はそう話すと、おじいさんの方へ顔を向けた。おじいさんは、「まぁ、それはびっくりですね。世の中はお嬢様が思っているよりずっと広いですから、そんな本があっても不思議じゃありません」と言った。 「でもね」 少女はつづけた。 「パラパラとページをめくっていると、1ページだけ文字の書かれたページがあったの。それを読むのがとても好きなの」 不思議な本がある
目を覚ますと、伸びをしてカーテンを開ける。窓から朝日が差し込んでくる。朝日を浴びながら、軽く水を飲む。シャワーを浴びる。これが、僕の毎朝のルーティーンだ。 シャワーを終えて出てくると、棚から透明な瓶のキャニスターを手に取る。そこからお気に入りの豆を取り出して、豆を計る。手動のコーヒーミルで豆を挽いていく。もちろんこのときに、フレンチプレスにお湯を注いで温めておくことも忘れてはいけない。 コーヒーミルを左手で持って、右手でハンドルをぐるぐると回しながら、コーヒー豆を少