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フェイス・マスカレード

 薄ら白い花明かりで満たされた、真夜中の公園をわたしは歩く。ときおり、白い花びらと涼やかな風が、修道服の裾を舞い上げる。
 花が舞い散る公園の、真中に置かれたベンチに、そのひとは座っていた。
「お嬢さん。君も花見かい」
「いえ。あなたに用があります」
 この地区では珍しくない、濡羽色の髪の若い女性。そのひとはわたしを見て、怒るでも怯えるでもなく、静かに微笑む。
「そうか。こんばんは、教会の異端審問官さん」
「はい、こんばんは。あなたを殺しに来ました」
「そうだろうね」
 聖歴最大の異端者。聖再誕以前の亡霊。世間はより端的に、彼女を過去の悪魔と呼ぶ。
「罪を悔いて、主に告げよ。そうなされば、良いのに」
「聖典の箴言詩集、一章三節の冒頭か。今さら、帰順を促されるとは思わなかったな」
「良き導き、良き牧人であれ。つとめ、ですから」
 教会の御教えを伝える一節を引くと、異端者は何でもないように応じた。ゆっくりとベンチから立ち上がり、少しだけ目を伏せた。
「ありがとう。……でも、ね」
 瞬間、彼女は両手に得物を抜く。聖再誕以前に主流だった銃器を模した、その異名に相応の封印禁術兵装。
「私はもう、御許には帰れないよ」
 その銃口がこちらへ向く前に、わたしは背に負った、人の背丈ほどある十字長剣の鞘を払う。抜刀した勢いのまま背後に振るうと、天銀の刀身から澄んだ金属音が響く。
 足許に、どす黒い刃色をしたダガーが転がる。
「……どこの首輪付きか知りませんが、愚かな。教会と知って楯突きますか」
「有難い説教は御用じゃないんだ。アドミニストレーターさんの智恵が要るから、おっかない教会の狗には帰って頂きたいのさ」
 樹上に潜んでいたのか、いやに甲高く歯切れの良い声が頭上に響く。わたしが視線を流すと、黒い髪の異端者は得物を構えたまま肩を竦める。
「両手に花だというのに、愛でる暇さえもないとは。……本当に、侭ならない世の中だ」
「……同意を求められましても」

(続く)

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