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はじめまして。詩人です。

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【詩】ダサいポップソング(「文芸思潮」現代詩賞 受賞作品)

先に天国で待ってるぜ そう言って青春は 少しずつ死んでった ダサいコード進行にも飽きてきた あんなこと言わなければ きみはまだ生きていたのかもな なんて暗さなんだ 初めての夜 きみなしの畦道は 軋む自転車の音を響かせる ひとりぽっちで何ができるの? 何もできないよ 悲しみさえまばらさ 泣くことくらいはできるかな できないや 涙は とうとうと流れているけど 泣くことさえ一人じゃできないよ 涙が光るのは きみがいてくれたからなんだな (初出:「文芸思潮」第67号)

    • 【詩】祝婚歌

      ねぇ今日の話を あの頃のあなたに 聞かせたら どんな顔するかな うまくやったな 良かったな 愛の日々だぜ 純白の よく歩いたな 靴擦れにも 慣れてしまって 寂しく笑ったよな 涙もあったな 叫びもあったな 後ろも向いたな それでも歩いたよな うまくやったよ よかったよ それからな ありがとうな あなたは あなた方は あなた方の光で 夜を照らして行く あなたは あなた方は あなた方の光で 新品でタグ付きの毎日を 生きる 愛のままに ありのままに 光る 光る  初

      • 【小説】右折の苦手なリッツォス 

         溜め息代わりにちょっと書く。弟、リッツォスのこと。僕の後悔の記録。  リッツォスは優しい。多くの優しい人と同じように気が弱い。いつも周りを気遣っていて、自らを省みる時間がない。リッツォスは酒も煙草もギャンブルもやらない。信じられないことかも知れないけれど、一切の経済的な仕事もしない。普段のリッツォスといえば、通りすがりの他人の仏頂面に微笑みかけたり、河原の薮の中で粛々と念仏を唱えたり、道に落ちているゴミを散歩のついでに集めたり、そんなことばかりしている。収集日までは近所の

        • 【短編小説】小さな黒い妖精

           僕は時々、風に溺れる。閑寂な川の表皮の皺、あのびらびらに溺れる。燃え立つ原色の草木、あの肺胞じみた緑に溺れる。自転車のサドル、あの不安定な矢印に溺れる。  猫が炉端でずんぐりと丸くなる仕草に、鉄橋の真下に響く自動車のタップダンスに溺れる。溺れる度、気持ちよくなったり、悲しくなったり、わけがわからなくなったりしている。春がぐるぐると回る日、寂しい土手の上を行く。砂利道に心が縺れる。尻餅をつく地面はない。いつも幽霊のように世間からほんの少しだけ浮いているから。  菜の花の原色が

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        【詩】ダサいポップソング(「文芸思潮」現代詩賞 受賞作品)

          【詩】悲しみは風のように

          「さようなら」と言いたかったのに 「愛している」と言ってしまった 「もう会うのはよそう」と言いたかったのに 丸い頬を撫でてしまった 悲しみは風のように流れた 生ぬるかったり冷たかったりした 二人の喜びは乾涸びていた 悲しみが大切そうにそれを包んだ

          【詩】悲しみは風のように

          【詩】きみ以前きみ以降(「文芸思潮」現代詩賞受賞作品)

          揃いのジャージで 浜辺を歩いた 染色体みたい 僕らは笑った ドキドキするような言葉もなくて 気の利いた音楽もなくて 浜辺が光るリズムに合わせて 水平線の服で踊る きみは砂浜の一粒 ぼくは海の一滴 いつまでも撫でていてあげるよ ぼくの歴史は簡単 きみ以前きみ以降 たったこれだけさ 試験に出るかもよ ドキドキするような言葉もなくて 気の利いた音楽もなくて 浜辺が光るリズムに合わせて 金縛りの日々を越える 海から遠く離れても掌を貝にして きみの耳を濡らすよ

          【詩】きみ以前きみ以降(「文芸思潮」現代詩賞受賞作品)

          【短編小説】ミミズの求婚

          「ミミズが蝶になるために、蝶々結びで死にました。ミミズはほんとは青虫だったと、遠くで誰かが言いました」 「何それ?」 「物語の結び。どこかの国の物語。小さい頃毎晩のように父が絵本を読んでくれたんだ。お母さんが亡くなってから毎日どうしようもなく寂しかったんだけど、父といるときだけは安心できたし、学童にいるときから夜の読み聞かせが楽しみで仕方なかった。父が帰ってくるのは毎晩遅いのにさ、目を真っ赤にしながら待って、物語を聞いてからじゃないと眠らなかったくらい。ほとんどの物語は忘

          【短編小説】ミミズの求婚

          【詩】7月1日

          7月1日。 いつもよりちょっと深めに潜り込む タイムカードが なんか可愛い

          【詩】7月1日

          【詩】空き家

          空き家は寂しかった 昨日まで団欒していた家族がふっとどこかへ行ってしまったから 空き家は寂しかった 反響する子供らの声がいつの間にか老いて聞こえなくなってしまったから 空き家は寂しかった ガレージからしていた車の音もとんと止んでしまったから 空き家は寂しかった 冬の海みたいに とても あんまり寂しくて 寂しくて 寂しくて 空き家は人を探しに出かけた 体は重かったが動くには動いた 巨大な材木と鉄の体だ 文句は言えない 我ながら大したものだと空き家は思った

          【詩】空き家

          【詩】佐藤先生に言われたこと

          知っていましたか 流れ星って笑い皺なんですよ

          【詩】佐藤先生に言われたこと

          【詩】きみと一枚の絵になれたら

          木漏れ日が縫い上げていく 壊れたからだをあるべきように 虹色の森のなか 鳥や虫の透明な歌声がしている 光の収縮するリズム ぼくの心音の優しい優しさ それらを音楽として きみは軽々と飛ぶ 影のないダンスのために 白いプリーツのスカートは 誠実に膨らみ 満足そうに春を呼吸している きみは振り返り笑う 口角を柔らかく引き上げて 愛おしい歯を見せる ご機嫌な八重歯の白い歯を 自転車で走ったらすぐに転びそうな 世界で一番ぼくの好きな歯並び もぎたてのオレンジを絞ったような笑顔が

          【詩】きみと一枚の絵になれたら

          【詩】静物画

          こんなにも騒がしい 心のどこに、静物がある 作り話ばかりして ほんとの話を忘れてしまった

          【詩】静物画

          【詩】きみの手相は一輪の花

          きみの輪郭は陽光から生まれる 光は 空間を細部まで徹底的に満たす 森羅万象あらゆる生命が 死を知らずに生きている 万物を数式に当てはめても 完璧な理解などはない 永遠を数値化するドラマから サインくらいはあるかもしれないが 終わりは救いではない 始まりの比喩に過ぎない 永遠を見てくれ いま きみの掌に きみの手相は一輪の花 掌中に咲く花を祝ってくれ 日ごとに鮮やかに誇る色を 香りを祝ってくれ 笑うことで水をやってくれ 陽光に翳してやってくれ 影にいるのはもうたくさん

          【詩】きみの手相は一輪の花

          【詩】秘密

          君の秘密に手足を付けて 背中を押してやりなさい あとのことは彼にまかせて 君は一冬眠ればいい 春になったら秘密を迎えて 旅の話を聞きなさい そしたらふたりでひとつになって 胸を反らせて歩けばいい

          【詩】秘密

          【詩】とろける満月の夜には

          とろける満月の夜には 土手の草に大の字になって 光を一雫食べて 静かに 光っていようよ

          【詩】とろける満月の夜には

          【短編小説】月とダンサー

           ある夜、停電の街、蝋の雨の畦道にて。  お月様は地べたを這いずる猛り狂ったダンサーを見ました。 ダンサーは髪を一心に振り乱しながら気が遠くなる程長い間、一人ぽっちで泣いていました。 ダンサーはお月様の光る眼に気付くと、懇願するように、上ずった声で言いました。 「痛いです。痛いです。痛いのです」 お月様は慈愛の声で答えました。 「どうしたのです」 「美しいお月様。この腕を見てください。この足を、この腹を、この頬を見てください。わたしの体は目も当てられないほどに、傷だらけなので

          【短編小説】月とダンサー