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【詩】空き家

空き家は寂しかった

昨日まで団欒していた家族がふっとどこかへ行ってしまったから

空き家は寂しかった

反響する子供らの声がいつの間にか老いて聞こえなくなってしまったから

空き家は寂しかった

ガレージからしていた車の音もとんと止んでしまったから

空き家は寂しかった 冬の海みたいに とても

あんまり寂しくて 寂しくて 寂しくて

空き家は人を探しに出かけた

体は重かったが動くには動いた

巨大な材木と鉄の体だ 文句は言えない

我ながら大したものだと空き家は思った

やってみるものだ

やってみるものだな

随分歩いた

歩くのに飽きたら止まって息を吐いた

人を探す家が珍しかったのだろう

それはそうだ そんな話聞いたこともない

一人 二人と見学者が現れた

彼らは町のあちこちで噂話をした

そうしていつしか 空き家は人で溢れかえるようになっていた

空き家は笑い通しだった

念願が成就したのだ

空き家は家になった!

懐かしい匂いがした

甘くて柔らかくて撫でたくなるような匂い

石鹸と調理油、焼き魚とご飯の匂い

子供らの奇声、大人の呼ぶ声、皿が重なる音、車が帰る音

生活音!

あぁこれだ!私は家だ!

ところが

なんてことだろう

空き家が家になった途端人々は

白けた顔をしてどこかへ行ってしまった

散り散りになって 切れ切れになってしまった

誰も振り返らなかった

人を探さない家なんてどこにでもあったからだ



空き家はまた空き家になった

空き家はすぐにまた寂しくなった

寂しくて 寂しくて 寂しくて

今一度人を探しに出かけた しかし

道へ出る前に足がもつれて 倒れてしまった

無理もない

空き家も年をとっていたし 何より

家には家の役割があって

それは歩くことではない

空き家はそれきり起き上がれなくなって

そのまま少しずつ朽ちていった

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