ショートショート『将棋雨』
「今日は一日中、歩雨となるでしょう」
歩雨か。なら普通の傘で十分だ。僕は家のドアを丁度人が通れない程度開けたところで、歩雨が地面に当たりカランと音を立て跳ね返るのを確認した。僕は左足でドアを固定し、先週コンビニで買ったビニール傘の先端を外に出す。そして左肩でドアを押し開けると同時に傘を満開にし自分の体をその後に続かせる。過去の雨の日の経験が血肉となり今の自分を作り上げていることを実感し僕は少し誇りに思った。
歩雨は真っ直ぐゆっくりと落ちてくるから傘をさしてさえいれば歩くのに困らない。これが香車雨だと地面との跳ね返りが強くなるため足元のケアが必要になる。厚めのボア素材のズボンがベストだ。(こういう時ベストという言葉がややこしくて癪に触る)
飛車雨となるとさらに厄介。黙って真っ直ぐ下に降りてくればいいものの、たまに横殴りの雨となることがあるからだ。桂馬雨、角雨ともなるともう憂鬱度が急上昇。あらゆる方向からトリッキーに私の体を攻め立ててくるため、並の傘では到底防ぐことができない。なお最近は角雨の日が多いため、近くのアパレルショップでは角レインコートの売り上げが好調らしい。
嫌いな順に並べると、歩雨<香車雨<飛車雨<桂馬雨<角雨 といったところであろうか。(見事に紹介した順である)ちなみに王雨、金雨、銀雨は滅多に降ることがない。王雨に至っては北海道の一部地方で5年前に降ったのが最後らしい。(その時私は東京でスマホと向き合っていた)
ん?右脇腹に何かが当たったのか軽い痛みを覚えた。マズイ、どうやら歩雨が成ったようだ。私は傘を持たない方の手で脇腹を抑えつつ、赤く変色した歩雨を視界に入れながら100m先に見える駅の改札へとダッシュした。
わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。