合コン非対応OS
社会人時代、同僚に誘われて合コンに行ったことがある。確か4対4だったと記憶している。
当時はコンプライアンスというワードが隆盛を極め始めた頃で、日本中でコンプライアンス研修が慌ただしく整備され出していた。例に漏れず俺も会社でコンプラ研修を受けることとなる。(コンプラってガンプラみたいで可愛いよね)
「特に気をつけるべきはセクハラ、パワハラです。自分に自覚がなくても相手の受け取り方次第でハラスメントとなり得るのです。」
ふむふむ、まぁつまりあれかい。他の社員、特に女性に対して高圧的な態度をとったり、仕事と何ら関係のない話題を振ったり行動を取ったりすると、信用が地に落ちるってことかい。わしがそんな失態おかすかいな。笑わせんじゃねぇよぉ。
実際にセクハラで処分を食らう者も現れていたが俺は特に不安を感じていなかった。なぜならばセクハラチェックリストに俺が当てはまるものは一つもなかったからだ。ただ無自覚でも訴えられる可能性があるのがハラスメントの落とし穴。例えば、ふと思い出し笑いをした瞬間にたまたま女性と目が合い、
「え、、、待って!あいつ今私の体見てニヤけたんだけど!卑猥な想像してニヤケたんだけど!あり得なくない!?女の敵!キモい!罰せられて然るべきよ!!あんなやつ!キー!!報告!報告!ハラスメント相談窓口に報告よ!!」
と、今朝目撃した、満員電車から降りる人のために一度自分も降りた結果、後ろからどんどん先に乗られ自分だけ不本意な駅に置き去りにされた中年サラリーマンの虚無感ただよう表情のせいで、俺の地位が凋落する可能性が0ではないということだ。出世ロードを確実に歩み続けるため、俺はその日から女性社員、特に後輩社員への態度を強化させることとなった。
宣誓!私オサナイは、いついかなる時も他の女性社員に対して敬語を使うことを忘れず、半径2m以内には決して近付かず、自身の目線は常に目の前のパソコンのスクリーンに注ぎ続けることを誓います!間違っても相手の上に目線を1秒以上滞在させません!当然社内で思い出し笑いなど致しません!
俺は自分の適応力にうっとりしていた。ハラスメントで地に墜ちる奴らは何て滑稽なのだろうか。そうして自身のOSがハラスメント対応モードへのアップデートを完了させた頃、俺は同期から合コンに誘われることとなる。
4対4。相手の女性陣は全員年下。双軍の幹事同士が「今日はお互いうまくやりましょうね」と共闘の笑みを浮かべ、双陣営の自己紹介および乾杯をテンプレート通りに済ませて行く。すると向かいに座る女性がほぼ中身が減っていないビールジョッキを両手で包み、前のめりで声をかけてきた。
ゆか氏「ねー、オサナイって普段何してんの?」
ズズッ、、、突如背筋が寒くなった。
俺「えっ?、、、あっ、漫画読んだりとか、、、ですかねぇ。」
ゆか氏「え?私も漫画好き!結構読むんだよね。」
俺「へー、ゆかさんも好きなんですね。」
ゆか氏「え、何で敬語なん?ウケるー」
俺「あっそうですよね。ゆかちゃ、、、ちゃ、、ちゃ、、」
そこで俺は現OSの欠陥に気付くこととなる。
タメ口が、、、使えない?
ここは社外。コンプラ適応区域外である。ましてや初対面同士、短時間で仲を深め他愛のないことに笑い興じようという場において、タメ口は禁じ手ではなくむしろ愛用される武器である。
ただ当時の俺のOSバージョンは、タメ口=禁じ手としてプログラミングされ、使った瞬間にシャットダウンする仕様となってしまっていた。
俺のOSは合コン非対応だったのだ。
落ち込んだ。俺は激しく落ち込んだ。目の前から色・音が次第に消えていき、体がどんどん熱くなる。そして俺の冷却ファンが大きな音を立てて回り始める。ウィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン(俺はデスクトップ型である)
初めは敬語を使う俺を面白がっていたゆか氏も次第に俺の異変に気付きテンションを下げていく。明らかに冷めた目でこちらを見ている。見ないで。そんな目で見ないでよ。
悲劇は続く。
その後幹事の誘導によりダーツバーへ場所を移し、チームに分かれ対決する運びとなった。何か挽回せねばと、重く熱い体を引きずりダーツバーへたどり着いたが、俺の背中は湿気を含んだトレーディングカードのごとく酷く曲がっていた。すると同じチームの女性が投げた矢がブルに入りその日一番の盛り上がりを見せる。当然のようにブルを貫いた女性が俺にハイタッチを要求してくるのだ。
あ、、ハイタッチせねば。俺は手を急いで前に出そうとした。しかし筋肉が硬直して肩が上がらない。それでも慌てて必死に手を前に出した結果、掌底で相手の手のひらを突き上げる挑発的なハイタッチとなった。(もちろん相手の女性の目をそれ以降見ることなどできなかった)
ここで一応言い訳しておくと、大学時代はこんな無様な人間ではなかった。タメ口もハイタッチも女性と目線を合わせることも人並みにできていた。
出世の為にインストールした過度なコンプラ対策と引き換えに、人とのコミュニケーションの取り方がアンインストールされてしまったのだ。
合コンは終焉を迎え、俺はいそいそと家へ直帰した。正直、掌底ハイタッチ以降の記憶はほとんどない。俺は圧倒的敗北を味わいベッドの上で打ちひしがれた。
俺はこれから何を目指し生きていこうか。こんな敬語掌底ハイタッチマンのまま出世して何が楽しいのだろうか。そんな出世は幸せと呼べるのだろうか。次第に視界がボヤけ始める。
早く意識を飛ばし全てを忘れさせてくれ。心の中で必死に睡魔を手招きしていた俺の頭にふとある言葉が浮かぶ。
「フィールドで戦う誰もが、必ず一度や二度屈辱を味わわされるだろう。打ちのめされたことがない選手など存在しない。
ただ一流の選手は、あらゆる努力を払い速やかに立ち上がろうとする。
並の選手は少しばかり立ち上がるのが遅い。
そして敗者は、いつまでもグラウンドに横たわったままである。」
アイシールド21で引用されたテキサス大学アメリカンフットボールコーチ ダレル・ロイヤルの名言である。
そうだ立ち上がるのだ。打ちのめされて初めて人間は強くなれるのだ。これは伏線なのだ。敗者がトレーニングを重ね一度敗れた強者を倒す、数多くの読者を感動の渦に巻き込んできた実績のある伏線なのだ。笹塚の空に向かって俺はジャンプ主人公がごとく拳を突き上げ、すぐさまOSのアップデート計画を立てた。まず女性とタメ口で話す機会を作ろう。できれば毎日。本来なら社外でそういう場を作るのがベストだが、当時の仕事が繁忙期であったため外で機会を設けるのが難しかった。ならば社内しかない。俺は次の日から計画を実行に移すこととなる。(誰しも一流になりたいのだ)
~~~次の日~~~(Vo. キートン山田)
①女性後輩社員と話すとき4回に1回タメ口を入れてみる
俺(4ラリー目)「いや◯◯さん、それはおかしいでしょ!笑」
どうだ、、、相手は笑っている。成功だ。
(アップデート25%完了)
②女性後輩社員の髪をじっと見つめてみる
俺 ジーーーーー
女性後輩社員「ん、どうしました?」
俺「あれ◯◯さん髪切りました?」
女性後輩社員「あ、そうなんですよ!よく気付きましたね。」
成功だ。
(アップデート50%完了)
あれ?これ一歩間違えたらセクハラじゃね?
俺は自分の計画の正しさを一瞬怪しんだが、もう止まれない。俺はコンプラ研修で学んだことを破り捨て、自身の尊厳の奪還を優先した。
③女性後輩社員を2人でご飯に誘う
俺「◯◯さんご飯行きません?」
女性後輩社員「え?2人でですか?」
俺「そうそう。いや◯◯さんいつもすごい仕事頑張ってるから息抜きにでもなればなって。」
女性後輩社員「あ、ありがとうございます。行きます。」
成功だ。
(アップデート100%完了)
これ俺嫌われてたらセクハラだよね?訴えずにいてくれてありがとう。あの時の女性後輩社員さん。
俺は長いローディング時間を終えOSのアップデートを完了させた。そんな最中再び同僚から合コンの誘いが来る。
リベンジの日時が決定し俺は胸を高ぶらせた。瀬那はあの敗北から即座に立ち上がり一流のランニングバックとなったのだ。阿含を颯爽と抜き去る瀬那に俺は自分を重ね合わせた。(ちなみに一番好きなキャラは蛭魔)
4対4。奇しくもあの時と同じ陣形だ。幹事が軽やかに進行を進め、ジョッキの衝突音がけたたましく鳴り響く。さぁ進化した俺を見せる時だ。
えな氏「オサナイさー、普段何してんの?」
俺「俺?漫画読んだりとかかなー。えなちゃんは休みの日何してんの?」
スタートダッシュは悪くない。
えな氏「私も漫画読む!最近だと◯◯とか。」
俺「え?俺も◯◯めっちゃ好き!」
えな氏「マジ?イェーーイ」(ハイタッチのそぶりを見せるえな氏)
俺「イェーーイ」
パァァァァァン!!
華麗なハイタッチで魅せる俺。肩の関節はしなやかだった。どうだ、ブルのような盛り上がりがなくたってハイタッチはかませるんじゃい。
その後も俺のOSは不具合を起こすことなく正常にオペレーションを進めて行き、合コンは大団円でフィナーレを迎えた。
手応えは十分だ。公私ともに隙の無い完全体となった自分に俺はスタンディングオベーションした。そして家路に着いた俺はその手応えが間違いではなかったことを確信することとなる。その日一番親密になれた1人の女の子からLINEが来たのだ。
さてどうしようか。どこに遊び行こうか。ネットでオススメのデートスポットでも調べてみるか。いや一旦ご飯だけの日を挟むのもありか。あぁ、そういえばもう春か。今年の春はどこへ行こうかな。
あの敗北の日、世界から音が消え無色の視界の中横たわったベッドの上で、俺は今ヒルクライムの春夏秋冬を口づさみながら色鮮やかな未来を想像しLINEを開いた。
「オサナイくん、不動産投資とか興味ある?」
ブロックして泣いた。
わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。