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甘すぎる、虚しすぎるささやき~Palore, Palore, Palore…~

「あなたがわかってきたのよ」
そう歌いながら、女は微笑みかける。
「だったらもっとこっちへ、さぁ」
男の拡げた腕の中に、女は一歩踏み出す。
「もうやめて欲しいの」
抱き留めようとする男の腕をよけながら、女は男の胸に手を伸ばす。
男の胸には、女が好きだと言っていた赤い薔薇が燃えている。
薔薇を男の胸からゆっくりと引き抜き、女は花びらを優しく愛撫する。
「本当の君はもっと素直なはずだよ」
苦笑しながら男は、振られた腕を所在無げにぶら下げながらそんな女を見守る。
「自分を偽らずにもっと心を柔らかく。そう、その花びらのようにさ」

「あまい囁き(Palore, Palore)」。
イタリア発フランス経由で日本に入ってきたこのデュエットを、僕はあまりに虚しくささやき過ぎたのかもしれない。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/あまい囁き

「Palore, Palore, Palore(言葉、言葉、言葉)
それは虚しすぎるささやきね」
「何が虚しいものか!」
男は女の足元に身を投げ出し、ひざまづく。
男の顔に一瞬だけ目をやってから、女は向こうを向く。背中を撫でる男の眼差しと声を味わいたいかのように。
「誓ってもいい、心から君を…」
「Palore! Palore! Palore!」
女の髪が流れるように揺れる。男は彼女の、いや二人の「真実」を確信する。
「愛しているよ!」
振り向いた。
微笑みかけ、男の頬を撫でる。柔らかい心で。
「Palore! あなた、虚しすぎるささやきね」
女は、去っていく。
最初の数歩は見つめ合いながら。
やがて男に背を向け、ゆっくりと進み出す。
「さぁおいで、夜明けには、まだ間がある」
そして男は、明けない夜にひとり、未だにずっと閉じ込められている。

虚しい言葉を、ささやいたことはない。
すべて「真実」だった。
しかし真実の「愛」をささやくという行為自体が、いつしか「虚しく」なってしまった。
「愛してる」が真実なのと同程度に、「ここまで尽くす僕を認めてほしい」という気持ちも真実で、それを受け止めることが、時に重荷になっていたのだろう。

「不思議だ、君と会うときはいつも初めて出会ったような感じなんだよ」
「いつものあなたの口癖ね」
シャンパンを傾けながら、二人は手を重ねる。
「君という名の甘い表紙の恋物語を、僕はまだ開くことすら出来ないでいる」
そっと肩を抱く腕に身を任せて、女は微かに笑う。
「お願い、黙っていて」
「君はヴァイオリンの音と薔薇の香りを運ぶそよ風のようだ。抱き留めていないと、どこかに行ってしまいそうな」
そう耳元で囁きながら、両の腕で女を強く抱き締めた時、

消えた。

また、彼女と会えるだろうか。
許しあい、受け入れあえるだろうか。
この胸に燃える愛は、虚しくなってしまうのだろうか。
僕にとっての夜明けには、まだずいぶん間があるようだ。

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