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額縁の中の悪夢(フリッツ・ラング『飾り窓の女』)

葉巻を吸ったのは、随分久しぶりだった。
高校時代の友達がしばらく会わないうちにその味を覚えたらしくて、僕も禁煙する前は好きだったからたまの贅沢ということで、やってみたのだった。

ロミオとジュリエット。
素晴らしい逸品だった。
一緒に合わせたカミュも滑らかな舌触りで、少しだけスパイシーな葉巻とよくマッチした。

しかし、弊害もある。
刺激が強すぎたのか、夜になっても寝つかれなくなってしまったのだ。

仕方がないので、映画を見ることにした。

『三つ数えろ』
『情婦』
『飾り窓の女』

最後のひとつについては、冒頭のクラブのシーンで主人公と友人が夕食後に酒と葉巻を嗜んでいたことからの類推で観たくなった。
最も主人公は『ソロモンの雅歌』を読みながら眠りこけてしまったが、僕は葉巻で寝られなくなって映画を見ているのだが…

この映画は本当に「整っている」と思う。
後に確立するフィルム・ノワールというジャンルの要素が、過不足なく詰め込まれていると言おうか。

夜の街。
ファム・ファタールとの出会い。
妖艶なロマンスと、突然のバイオレンス。
緻密に計算されたサスペンス。
男と女の疑心暗鬼、愛憎、そして、絶望。

すべてが余すことなく絶妙に配置されていて、一分の隙もない。
だからこそ安心して、繰り返し観ることができる。

しかし、である。
その「巧さ」がかえって味気なく感じることもないではない。
額縁の中に納められ、上手にプレゼンテーションされた「作品」というか。
(製作時はフィルム・ノワールというジャンル、「額縁」はまだ確立していなかったので、不当な物言いではあるけれど…)

枠にはめられた悪夢。
そこに閉じ込められる二時間弱を経て、僕は映画から不眠の現実へと帰っていくのだった。

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